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2026年10月1週目。初月売上15万円の店。メンヘラオジサンの隠れ家の9月分集計。想定を下回るも赤字は回避www

 十月第一週。

 博之は自宅の机に座り、九月分の数字をExcelへ入力していた。

 メンヘラおじさんの隠れ家を開けたのは、九月第二週の土曜日である。

 丸々一か月営業したわけではない。

 それでも、最初の三週間分を集計すれば、この店がどの程度の商売なのかは見えてくる。

 昼のカレー代。

 飲み物代。

 長く滞在してくれた客のチャージ。

 土曜夜の基本料金と延長分。

 日曜夜に入った、数件の予約。

 それらを一つずつ入力していく。

「十五万か」

 画面に表示された九月の売上は、およそ十五万円だった。

 店を始める前に作った強気のシナリオより、十万円ほど少ない。

 想定していたほど多くの客が来たわけではなかった。

 昼に二十人が次々とカレーを食べていく店でもない。

 夜に六席が何度も入れ替わる店でもない。

 来店客は、博之が最初に想像していたより少なかった。

 その代わり、一人一人の滞在時間が長かった。

 一時間だけのつもりで来て、二時間残る。

 酒を飲みながら、三時間話す。

 昼にカレーを食べ、夜にも戻ってくる。

 客数では届かなかった分を、滞在時間が補っていた。

「結局、回転率の店ちゃうんやな」

 博之は小さくつぶやいた。

 たくさんの客を入れて、短い時間で入れ替える。

 それでは、六席しかないこの店の良さが消えてしまう。

 一人が座り、ゆっくり話す。

 もう一人が来て、会話へ加わる。

 それぐらいの速度で、売上も少しずつ積み上がっていた。

 雨の日にも客は来た。

 雨だから空いていると思った人たちが、逆に同じ時間へ集まった。

 あの日の経験は、博之にとって大きかった。

 天気が悪い。

 立地も悪い。

 三階で分かりにくい。

 それでも、来てくれる人はいる。

「雨でもゼロにならんかったのは、ちょっと自信になったな」

 売上の下へ、経費を入力していく。

 家賃、三万円。

 カレーの材料費。

 米。

 酒と割り材。

 瓶ビール。

 ウーロン茶。

 氷。

 電気代や水道代。

 洗剤、ゴミ袋、トイレットペーパー。

 細かな消耗品まで含めれば、固定費と諸経費はおよそ十万円だった。

 残るのは五万円。

 それを博之自身の給料と考えれば、店に残る金はほとんどない。

「内部留保、ゼロやな」

 冷蔵庫が壊れれば困る。

 エアコンにも不安がある。

 グラスや皿も、いつか割れる。

 新しい酒や備品を増やすための金も必要だった。

 五万円をすべて自分の給料として取れば、店には余裕が残らない。

 ただし、九月は第二週からの営業だった。

 本来の一か月なら、もう一度、土日がある。

 今と同じ程度に回れば、その一週間分が店の余裕になる。

「四週目が、利益というか予備費になるんかな」

 もちろん、毎週同じ売上になるとは限らない。

 開店直後だから来てくれた客もいる。

 十月になれば、珍しさは薄れる。

 急に誰も来なくなる日もあるかもしれない。

 それでも、三週間分の売上で、経費と自分の給料五万円まで届いた。

 少なくとも、赤字を埋め続けるだけの趣味ではなかった。

「まあ、やってよかったんちゃうか」

 大成功ではない。

 会社を辞められるほどでもない。

 だが、本業を続けながら、週末に小さな店を開き、月に五万円ほどの自分の時間代を作る。

 その形なら、悪くなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・

 その夜、博之は九月の営業結果をYouTubeで報告した。

「メンヘラおじさんの隠れ家、一か月目の集計が終わりました」

「一か月目と言っても、九月第二週からなんで、営業したのは三週間です」

「売上は、だいたい十五万円でした」

 コメント欄が動き始める。

『意外と回りましたね』

『赤字じゃないならすごい』

『もっと少ないと思ってました』

「俺も、もっと少ないと思ってました」

 博之は笑った。

「客数自体は、想定より少なかったです」

「ただ、一時間で帰らずに、二時間、三時間いてくれる方が多かった」

「その延長分で、なんとか売上が立った感じです」

『おじさんと長く喋る店なんだから、それで正解では』

「そうなんですよね」

 博之は、画面へ向かってうなずいた。

「カレー屋として考えたら、お客さん少ないです」

「でも、話す店として考えたら、一人が長くいてくれる方が合ってる」

 経費についても説明した。

「家賃とか材料費とか、酒とか消耗品を合わせて、だいたい十万円」

「そこから自分の給料を五万円取ると、店に残る金はほぼゼロです」

『給料出てるならいいじゃないですか』

『初月で赤字じゃないのは強い』

「まあ、準備に使った二十五万円は、まだ返ってきてないですけどね」

 初期費用まで考えれば、完全に黒字とは言えない。

 だが、営業を続けるほど赤字が増える状態ではなかった。

「本来なら、一か月に土日がもう一回あります」

「その一週間分を予備費にできるなら、少し道は見えるかなと思ってます」

 コメントには、

『これぐらいの緩さが一番続きそう』

『無理に客増やさなくてもいいのでは』

『満席になったら話せないでしょう』

 という声も流れた。

「そうなんですよ」

 博之は、画面越しに話しながら、自分でも納得していた。

「めちゃくちゃ儲ける店にしようと思ったら、もっと回転させなあかん」

「でも、それをやると俺がしんどいし、お客さんとも喋れへん」

「今ぐらいの人数で、毎週ゆるく続くなら、それでええかなと思ってます」

 今後の課題もある。

 日曜夜の予約が、もう少し安定して入ること。

 ララが一日だけイベントを開くこと。

 店を一週間借りられるほど需要が出れば、平日の営業を考えること。

 ただし、今すぐ広げるつもりはなかった。

「ララちゃんのイベントも、まだ話してるだけです」

「平日営業も、客がおらんのに先に増やす気はありません」

「需要が出てからでええかなと」

 最初は、何もかも先回りして考えていた。

 たばこを吸えるようにするか。

 酒を何種類置くか。

 誰かを雇うか。

 平日まで借りるか。

 だが一か月営業してみて、必要なものは客が教えてくれると分かり始めた。

 希望が出れば考える。

 予約が増えれば開ける。

 誰かがやりたいと言えば、一緒に条件を詰める。

 それまでは、今の形を続ければいい。

「とりあえず、一週間ずつですね」

「今週も五食作って、来てくれた人と喋る」

「それを積み上げていきます」

 配信を終えると、部屋の中が静かになった。

 博之はもう一度、Excelの画面を見た。

 売上十五万円。

 経費十万円。

 博之の給料五万円。

 残る金は、ほぼゼロ。

 数字だけなら、大した商売ではない。

 それでも、誰かに命じられた仕事ではなく、自分で作った場所から五万円が生まれた。

 会社で失われていた自分の時間の値段を、六席の店が少しだけ取り戻してくれた。

「これでええんかもしれんな」

 急いで大きくする必要はない。

 十月も、土曜日と日曜日。

 一人ずつ。

 一週間ずつ。

 メンヘラおじさんの隠れ家は、十五万円の小さな店として、二か月目へ入ろうとしていた。

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