2026年9月4週目。雨の日の方が、人が来る。人が来ずにまったりかと思っていたら結構人が来たwww
九月第四週の土曜日。
朝から、空は重たく曇っていた。
窓の外では、細かな雨が途切れず降っている。
大雨というほどではない。
だが、わざわざ外へ出ようと思う天気でもなかった。
博之は店へ向かう前に、短い動画を撮った。
「今日は雨です」
「今日、明日の土日は、たぶん人が少ないと思います」
「そんな大降りではないので、店は普通に開けますけどね」
「いつもより、まったり喋れると思います。よかったらどうぞ」
笑いながら動画を終えたものの、内心では少し不安だった。
店を始めてから、初めて天気に邪魔をされた気がした。
これまで客が来てくれたのは、たまたま晴れていたからなのか。
雨の日でも、三階の分かりにくい店まで来てくれる人がいるのか。
「まあ、今日はゼロでもしゃあないか」
そう言い聞かせながら、博之はいつもどおり五食分のカレーを仕込んだ。
玉ねぎ。
人参。
じゃがいも。
肉。
中辛と甘口のルー。
炊飯器には無洗米を入れる。
カレーが売り切れた時のために、今週からせんべいと柿の種も用意した。
酒屋で新しく買った芋焼酎も、棚へ一本加えた。
「誰も来んかったら、昼から芋のソーダ割り飲んで寝よかな」
店の奥には、荷物を寄せれば少し身体を休められる場所がある。
雨音を聞きながら、昼寝をする。
それはそれで悪くない。
博之はそんなことを考えながら、十一時に店を開けた。
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開店して間もなく、階段を上がる音がした。
「早ない?」
まだパソコンも開いていない。
扉が開き、一人の男性が入ってきた。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ。こんな雨の中、ありがとうございます」
「雨やから来ました」
「逆ちゃいます?」
「今日は空いてると思って。おじさんと、たっぷり喋れるかなと」
博之は思わず笑った。
「みんな、そう考えるんかな」
「たぶん考えますよ」
最初の客へカレーとウーロン茶を出す。
男性は一口食べ、店内を見回した。
「いいっすね、この隠れ家的な感じ」
「晴れてても隠れ家やけどな」
「雨の日の方が、もっと隠れ家感ありますよ」
窓の外で、雨が細く降り続けている。
古いビルの三階。
六席だけのカウンター。
たしかに、今日の店はいつも以上に外の世界から切り離されて見えた。
動画のことや仕事のことを話していると、また階段から足音が聞こえた。
入ってきたのは、二十年来の友人だった。
「おう」
「久しぶりやん」
「二週間ぶりやな」
「雨やし、お前暇やろ思って」
「暇やけども。暇やけども、その言い方やめろwww」
友人はいつものように、端の席へ座った。
「風の噂で聞いたけど、なかなか順調らしいやん」
「おかげさまで、ぼちぼちやらせてもろてます」
「まさか軌道に乗るとは思ってへんかったわ」
「俺もまだ、軌道に乗ったとは思ってへん」
「でも今日ぐらいは、さすがにゆっくりやろ」
「俺もそう思ってた」
博之は棚から、新しく買った芋焼酎を取り出した。
「これ、あんたが勧めてくれた酒屋で買ってきたで」
「ほんなら、当然サービスやな」
「何でやねん」
「店教えた紹介料や」
「一杯だけやぞ。ソーダ割りでええか」
「昼間やし、それでええわ」
「いきなり酔っ払われても困るからな」
「いうても、まだど昼やで」
「ほんまにど昼やな」
二人は笑いながら、芋焼酎のソーダ割りを飲み始めた。
最初の客も、車では来ていないことを確認して、一杯だけ同じものを出した。
「今日は雨やし、内緒で一杯サービスします」
「ほんまですか」
「車も自転車も乗ってないですよね」
「電車です」
「なら、ゆっくりしてください」
昼のカレー屋のはずが、少しずつ昼酒の店へ変わっていく。
雨の音。
氷の音。
カレーの匂い。
芋焼酎の香り。
いつもより時間が遅く流れているようだった。
・・・・・・・・・・・・・・・
しばらくすると、また一人、客が入ってきた。
「なんか、めっちゃ盛り上がってますやん」
「もう昼間から酒入ってるんで」
「今日、空いてると思ったんですけど」
「みんな同じこと考えて来るな」
新しく来た客もカレーを注文した。
そのまま会話の輪へ入る。
「雨の日って、昼から少し飲んで、帰って寝るのが一番ですよ」
「おじさん、夜はどうするんですか?」
「客来んかったら、ふて寝や」
「昼も客来んと思ってたんでしょう?」
「そうや。今頃、奥で寝てる予定やった」
「全然寝られへんやないですか」
「ありがたい誤算やな」
店の話。
動画の話。
小説の話。
最近の仕事。
人間関係の悩み。
酒が少し入ると、重い話でもどこか柔らかくなる。
誰かが愚痴を言い、別の誰かが笑いへ変える。
博之も、自分の失敗談を混ぜる。
カウンターの会話が、ぐるぐると回っていった。
「今日は雨やし、もう一杯ぐらい出しますわ」
「いいんですか?」
「内緒ですよ」
「動画で書いたらあかんやつですね」
「俺が自分で書くかもしれんけどな」
「全然内緒ちゃいますやん」
そんなことを言っていると、また扉が開いた。
四人目だった。
「すみません、空いてます?」
「空いてますけど、思ったより人います」
「雨やから、空いてると思って来たんですけど」
店内から笑い声が上がった。
「今日来た人、全員それ言うてます」
「考えること一緒なんですね」
「雨の日に、おじさんとゆっくり喋ろうと思った人が、同じ時間に集まってもうた」
六席のうち、四席が埋まった。
博之を入れれば、店内には五人いる。
満席ではない。
だが、狭い店では十分ににぎやかだった。
新しく来た客も、自然に会話へ加わる。
誰かが動画の話を振り、友人が昔の博之の話を暴露し、別の客が小説の展開を尋ねる。
「雨の日の方が、盛り上がるんちゃいます?」
「たまたまやで」
「みんな暇やったんでしょうね」
「その暇な人が、ここを選んでくれたんやからありがたいわ」
博之は、空になったグラスへ炭酸水を足した。
閉店も覚悟していたわけではない。
だが、今日は静かな一日になると思っていた。
客が一人来れば十分。
二人ならありがたい。
そんなつもりだった。
ところが、蓋を開ければ四人が集まり、昼間から芋焼酎を飲み、笑い声が続いている。
雨が客を遠ざけると思っていた。
だが、雨だからこそ、静かに話したい人が来た。
「商売って、分からんな」
博之がつぶやくと、友人がグラスを持ち上げた。
「だから、おもろいんちゃうか」
「お前、今日はええこと言うな」
「もう一杯サービスしてくれたら、もっと言うで」
「それはええわ」
店内に、また笑い声が広がった。
窓の外では、相変わらず雨が降っている。
通りを歩く人は少ない。
古いビルも静かだった。
その三階だけに、人の声と、グラスの触れ合う音があった。
雨の日は暇になる。
そう思っていた博之の予想は、少しだけ外れた。
ただし、悪くない外れ方だった。




