2026年9月3週目日曜昼。まあまあの来店にホッとする博之。ララが店を見に来た日
日曜日の朝。
博之は、前の日より少し早く目を覚ました。
昨日は午後十時に店を閉めた。
十一時まで営業した初週より一時間早かっただけだが、その差は思った以上に大きかった。
身体には疲れが残っている。
それでも、気分は悪くなかった。
昼は五食完売。
夜も友人抜きで四人が来て、二時間、三時間と滞在してくれた。
「そら機嫌もようなるわな」
布団の中で、昨日の客たちの顔を思い出す。
満席になったわけではない。
大金を稼いだわけでもない。
それでも、自分が用意したカレーがなくなり、自分が選んだ酒が減り、店の中で
会話が途切れなかった。
それだけで、週末の朝の景色まで少し明るく見えた。
博之は起き上がると、短い動画を撮った。
「昨日は昼のカレーが五食、全部売れました」
「夜も四人来てくれて、だらだら二時間、三時間と飲んでいただきました」
「今日も十一時から昼営業します」
少し考えてから、日曜夜についても付け加えた。
「日曜の晩は、今のところ予約制です」
「複数人から予約があれば開けますんで、来たい人はDMください」
一人だけのために店を開けない、という意味ではない。
ただ、土曜の朝から働き、日曜の昼まで営業したあと、毎週必ず夜まで立つのは厳しい。
予約があるなら頑張る。
なければ休む。
博之には、そのぐらいがちょうどよかった。
動画を投稿したあと、スーパーでカレーの材料を買い足した。
玉ねぎ。
人参。
じゃがいも。
肉。
福神漬け。
店へ入り、ホットクックを動かす。
無洗米を炊飯器へ入れ、水を測る。
床を軽く掃除し、カウンターを拭く。
準備が終わると、博之はノートパソコンを開いた。
十一時になった。
客は来ない。
だが、もう初日のように足音一つで飛び上がることはなかった。
「まあ、日曜やしな」
小説を書きながら待つ。
来ればカレーを出す。
来なければ自分が食べる。
五食しか作っていないので、大きな損にはならない。
十一時半頃。
階段を上がる足音がした。
扉が開き、一人の男性が顔を出す。
「おじさん、来ました」
「いらっしゃいませ。初めましてですか?」
「初めましてです。神戸から来ました」
「神戸から? 遠いところ、ありがとうございます」
男性をカウンターへ案内し、カレーとウーロン茶を出す。
「昨日の動画見ましたよ。結構、人入ってたみたいですね」
「ありがたい話です。夜は満席ちゃいましたけどね」
「昼は?」
「昼は五食売れたんで、一応満席みたいなもんです」
「すごいじゃないですか」
「五食しかないからな」
「それでも全部売れたんでしょう」
「まあ、そこはうれしかったです」
男性はカレーを食べながら、昨夜の様子を尋ねた。
「夜は、どんな感じなんです?」
「二時間、三時間と、みんなだらだら飲んでました」
「高くないんですか?」
「一時間三千円で、カレーと酒付きです。めちゃくちゃ安いわけでもないけど、
夜の店としては入りやすい方かなと」
「知らない人同士でも喋れるんですか?」
「一応、おじさんの動画とか小説を知ってる人が来るんで、そこが共通点になりますね」
「おじさんの格ですね」
「格というほどのもんではないけどな」
二人で笑っていると、また一人客が入ってきた。
正午を過ぎる頃には二人。
十二時半には、さらに一人が加わった。
日曜の昼に三人。
博之にとっては十分に順調な滑り出しだった。
動画のこと。
会社のこと。
小説の登場人物。
それぞれの仕事の悩み。
三人の客と博之で話しているうちに、一時を回った。
その時、扉が開いた。
「ほんまにやってるやん」
聞き覚えのある声だった。
「ララやん。どうしたん?」
「おじさんが店開いた言うてたから、どんなもんか見に来た」
ララは店内を見回した。
六席のカウンター。
冷蔵庫。
炊飯器。
ホットクック。
棚に並んだ焼酎。
「思ってたより、ちゃんとしてるやん」
「全員それ言うねんwww」
客の一人が尋ねた。
「おじさんのリスナーさんですか?」
「昔からの知り合いです」
博之が答える。
「YouTubeのサムネイルを手伝ってくれてたこともあります」
「ファンではないで」
ララがすぐに否定した。
「リアル知り合いや。おじさんのことは大体知ってるけど」
「それが一番怖いやつやん」
ララが入ったことで、店内の空気が少し変わった。
博之の昔の話。
動画を始めた頃のこと。
何かを始めると言っては、なかなか動かなかった時期。
「今回だけは、ほんまにやったんやな」
「俺も、自分でちょっと驚いてる」
客たちも笑い、会話はさらににぎやかになった。
・・・・・・・・・・・・・・
午後二時頃。
博之は昼営業を終えることにした。
「今日はこの辺で。片付けと、夜やるかどうかの確認もあるんで」
客たちを見送る。
ララだけがカウンターに残った。
「で、どう?」
博之が尋ねると、ララはもう一度店内を見回した。
「お客さん、入ってるやん」
「ぎりぎりな」
「昨日は?」
「昼は五食売れた。夜も友達抜きで四人」
「十分ちゃう?」
「まだ始めて二週目やからな。初物で来てくれてるだけかもしれん」
「でも、ゼロではないやん」
「そこは、だいぶ安心した」
ララはカウンターの内側をのぞいた。
「日曜の夜、ここ空いてるんやろ?」
「予約なかったら空いてる」
「私がやるとしたら、どんな感じ?」
「勝手に貸して終わり、とはでけへんから、一応うちの従業員として入ってもらう形かな」
「時給は?」
「千三百円ぐらいで考えてる」
「それだけ?」
「それとは別に、売上に応じて手当を考える。取り分は、ちゃんと話して決める」
「なるほどな」
店の家賃。
光熱費。
酒や割り材。
設備の維持。
博之が用意したものを使う以上、店にも一定の金は残してもらいたい。
「目安としては、土日の夜なら店に八千円。平日なら五千円ぐらいは残してほしい」
「何で平日の方が安いん?」
「まだ平日は借りてへんけどな。もし今後、一週間借りられるようになった場合の話や」
「客呼べた分は?」
「そこから上は、売上を見てララちゃんに払う形にしたらええと思う」
「まあ、それならありかもな」
ララはホットクックを指さした。
「これで、何でも作れるん?」
「何でもは無理やけど、カレーぐらいなら放っといてできる」
「私、シチューとか作りたいわ」
「カレーとシチューなら、設備的にはいけるな」
「クリームシチューとか」
「この店、カレーの匂いめっちゃ残ってるで。ビーフシチューの方が合うんちゃう?」
「そこまでカレーに支配されてるん?」
「二週間、ずっと作ってるからな」
二人で笑った。
「値段は三千円均一なん?」
「今はな。カレーと酒付き」
「シャンパン入れたい人がおったら?」
「置く場所がない」
「カフェ・ド・パリぐらいやったら入るやろ」
「やりたいなら、最初にルール決めてくれ。売上としてちゃんと通すか、チップで対応するか」
「チップは?」
「五百円の券だけ置いてる」
「五百円だけ?」
「オペレーション難しくしたくないねん」
ララはカウンターへ肘をつき、少し考えた。
「この広さやったら、三人ぐらい呼んで、だらだら喋るにはええかもな」
「いきなり満席にされたら、俺も怖いしな」
「おじさんも立つん?」
「最初はおるよ。酒と会計は俺がやってもええし」
「それなら、試しに一回ぐらいはありやな」
「今日決めんでもええで」
「私も昼の仕事忙しいしな。シフトもあるし」
「せやから、追々や」
まだ契約も、日付も決まっていない。
ララが何人の客を呼べるのかも分からない。
ただ、写真を見て話していた時よりは、ずっと具体的になった。
実際の六席を見て。
冷蔵庫の大きさを見て。
客が座っている様子を見て。
ララも、自分がこのカウンターの内側に立つ姿を少し想像したようだった。
「まあ、面白そうではあるわ」
「それぐらいでええよ」
日曜日の午後。
営業を終えた店で、二人はしばらく、まだ決まっていない夜の話を続けた。




