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2026年9月2週目。日曜の夜を、誰かに任せる。知り合い女性に店始めた話と日曜晩が一定空くかも話を投げる

 日曜日の昼営業が終わった。

 来店客は二人。

 用意したカレーは五食だったため、三食分が残った。

 博之はそのうち一皿を自分の昼食にした。

 炊飯器に残った米をよそい、ホットクックの底に残っていたカレーをかける。

「三日連続でカレーやな」

 自分で決めたメニューなので、文句を言う相手はいない。

 残りの二食はタッパーへ移した。

 今晩に食べるか。

 明日の朝にするか。

 少なくとも、捨てる必要はなかった。

「五食ぐらいが、ちょうどええんかもしれんな」

 初日の土曜日は昼四食。夜三食

 日曜日は二食。

 合わせて九食。

 大量に客が来たわけではない。

 それでも、残った分を自分で処理できるため、食品ロスはほとんどなかった。

 博之は皿を洗い、カウンターを拭いた。

 床へ掃除機をかけ、トイレを確認する。

 ゴミ袋をまとめ、冷蔵庫の中身を確認した。

 営業している時間よりも、準備と片付けの方が長い気さえする。

「オーナーは、客帰ってからが長いな」

 最後に照明を消そうとした時、空いた六席が目に入った。

 日曜日の夜は営業しない。

 土曜日の疲れも残っており、自分が毎週立つのは難しい。

 だが、店そのものは空いている。

「誰かにやってもらうのは、ありか」

 以前から、頭の隅にはあった。

 博之はスマートフォンを取り出した。

 連絡先を開き、二人の女性へメッセージを送った。

 ララ。

 ミサキ。

 二人とも、五年か六年ほど前に水商売関係の場所で知り合った女性だった。

 頻繁に会うわけではない。

 だが、完全に関係が切れたわけでもなく、時々近況を報告で会う程度の付き合いは続いていた。

『茨木で、小さい店を始めました』

『土曜と日曜の昼、それから土曜の夜だけ、今は自分でやってます』

『日曜の夜が空いてるので、何か一日だけ店をやってみたいとかあれば、

 相談には乗れるかもしれません』

 送信してから、少し補足を加えた。

『ただ、物件の契約や営業許可の関係があるので、勝手な又貸しではなく、

 やるなら店のスタッフとして正式に整理する形になります』

 水商売の世界では、店に売上を大きく引かれ、自分の取り分が少ないと悩む女性も多い。

 客を自分で呼べるのであれば、できるだけ直接売上を得たいと考える人もいる。

 博之も、そのような話を何度か聞いたことがあった。

 特にララは、以前から、

「いつか自分で小さい店を持ちたい」

 と話していた。

 一日だけのイベント営業をやってみたいとも言っていた。

 六席しかない店だが、試す場所としては悪くない。

 家に戻り、持ち帰ったカレーを冷蔵庫へ入れる。

 そのままベッドへ横になっていると、スマートフォンが震えた。

 ララからだった。

『何それ。面白そうやん』

 続けて、すぐにもう一通届く。

『私も何かやらせてくれるんやったら、やってみたい』

 思ったより食いつきがよかった。

 博之は、今の店の状況を説明した。

『まだ開けて二日やで』

『冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器、ホットクックを置いて、昼はカレー』

『土曜の夜は、カレーと酒付きで一時間三千円にしてる』

『日曜夜は今のところ空いてる』

 しばらくすると、ララから電話がかかってきた。

「ほんまに店やったん?」

「やったで。昨日と今日だけやけど」

「おじさん、口だけかと思ってた」

「失礼やな」

「だって、何年も色々考えて、結局やらんこと多かったやん」

「それは否定できへんけど」

 ララは電話の向こうで笑った。

「店、どれぐらいの広さなん?」

「六席。古いビルの三階」

「狭っ」

「一人でやるには十分や」

「キッチン使えるん?」

「カレー作るぐらいの設備はある。冷蔵庫も電子レンジもある」

「酒は?」

「芋と麦とハートランドぐらい」

「シャンパンないん?」

「置く場所ない」

「夜の店でシャンパンないの?」

「うちはコンカフェでもキャバクラでもないからな」

 博之は、やるなら一度会って話そうと伝えた。

 現地を見せる。

 設備を確認する。

 どのような店にしたいのかを聞く。

 価格や客層も一緒に考える。

「その辺を決めんと、いきなり貸して終わりにはできへんよ」

「私のお客さん呼んで、私がやる感じでもいいん?」

「やり方次第やな。俺の店の営業としてやるなら、店のルールには従ってもらう」

「取り分は?」

 ララの声が、急に現実的になった。

「そこやな」

 博之は少し考えてから答えた。

「俺も家賃払って、設備そろえて、清掃もしてる。せやから、

 一晩使うなら最低五千円ぐらいは店に残してほしい」

「五千円?」

「客が増えて、ちゃんと売上立つなら八千円ぐらい」

「場所悪いんやろ?」

「悪いから、その金額や。梅田の店借りるよりは安いやろ」

「まあ、それはそうやけど」

 博之としては、場所代だけを受け取って勝手に営業させるつもりはなかった。

 契約上も、無断で又貸しするわけにはいかない。

 やるのであれば、ララには店の従業員として入ってもらう。

 時給千三百円程度で雇用契約を結ぶ。

 売上は店で管理する。

 そのうえで、本人が連れてきた客の売上に応じた手当や、チップの分配を別に決める。

「名目だけ従業員にして、全部勝手にやってええという話にはできへんで」

「そこは、おじさんと私の仲やから、うまいことしてくれるんやろ?」

「仲があるから、最初に決めとくんや」

「真面目やな」

「金の話を適当にしたら、仲悪なるからな」

 過去に金で失敗しているからこそ、曖昧にはしたくなかった。

「チップ制もあるで」

「チップ?」

「五百円のチップを置いてる。お客さんがよかったと思ったら入れてもらう」

「シャンパン入れたいって言われたら?」

「知らんがな。冷蔵庫に余裕ないって」

「ほんなら、カフェ・ド・パリぐらい一万円で出したらええやん」

「一万円?」

「原価千円ぐらいやろ。残り九千円、私がもらう」

「何でほぼ全部お前が取んねん」

「私が入れてもらうんやから」

「冷やすんも、グラス洗うんも、片付けるんも店やぞ」

 二人とも電話越しに笑った。

「まあ、シャンパン扱うなら、その時考えるわ」

「チップ扱いにしたらええんちゃう?」

「酒を売るのと、チップは別や」

「細かいなあ」

「細かくせんと、後で怒られるんや」

 博之は改めて条件を伝えた。

 まずは日曜日の夜。

 一回だけ試す。

 店に最低五千円。

 売上が増えれば八千円程度。

 そこから上の取り分は、実際の売上や手当の形を見て相談する。

 客に出す酒や料理も、店の設備で無理なく扱えるものに限定する。

「それぐらいやったら、一回やってみてもええかな」

「ほんなら、まず店見に来いよ」

「時間できたら行くわ」

「お前の時間できたらは、信用ならんな」

「おじさんに言われたくない」

 電話が切れたあと、博之はベッドへ仰向けになった。

 まだ何も決まっていない。

 ララが本当に客を呼ぶのかも分からない。

 一度見に来て、狭さに驚いて断るかもしれない。

 ミサキからは、まだ返事がない。

 それでも、日曜日の夜という空白に、初めて別の可能性が生まれた。

 博之が働けない時間に、別の誰かが店を開ける。

 その人の客が来る。

 博之の店でありながら、博之がいない夜が始まる。

 自分一人の隠れ家だった六席が、誰かの小さな挑戦にも使われるかもしれない。

「ほんまにオーナーみたいになってきたな」

 カレーを作り、客と話すだけではない。

 人を雇う。

 取り分を決める。

 店のルールを守ってもらう。

 金と人間関係を分けて考える。

 楽しそうな話の裏側には、また新しい面倒が待っていた。

 それでも博之は、少し笑っていた。

 面倒が増えるということは、店が次の段階へ進んでいるということでもあった。

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