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2026年9月2週目。第24話 日曜の昼は、二人でいい。客ゼロの恐怖が少し和らいだ最初の土日。

 日曜日の朝。

 目を覚ました瞬間、博之は身体の重さを感じた。

 前日は朝から店へ入り、昼営業を終えたあとに夜の仕込みをし、午後十一時まで酒を出した。

 最後の客を見送ってから、グラスを洗い、カウンターを拭き、床を掃除した。

 自宅へ戻る頃には、日付が変わりかけていた。

「そら疲れるわな」

 全身が少しだるい。

 足にも重さが残っている。

 それでも、会社へ行く朝の疲れとは違っていた。

 もう何もしたくないという疲労ではない。

 昨日、自分で店を開き、人と話し、片付けまで終えた結果として身体に残っている疲れだった。

「嫌な疲れではないな」

 博之はぼさぼさの頭のまま着替え、店へ向かった。

 自宅から近いのは、本当に助かった。

 電車に乗る必要もない。

 通勤だけで体力を削られることもない。

「もっとええのは、住居兼店舗やけどな」

 起きたら一階へ下り、そのまま店を開ける。

 そんな物件なら、さらに楽かもしれない。

 だが、まだ二日目である。

「そんな先のこと考える前に、今日をちゃんとやれよ」

 自分へ言い聞かせ、三階の扉を開けた。

 ホットクックへ材料を入れる。

 炊飯器に米を準備する。

 床を軽く掃除し、カウンターを拭く。

 トイレも確認した。

 一通り仕込みを終えると、いったん自宅へ戻る。

 風呂へ入り、汗を流し、髪を整えた。

 再び店へ戻った時には、開店時刻の十一時が近づいていた。

「近所でよかったわ、ほんま」

 日曜日は昼営業だけである。

 土曜日の夜まで営業した翌日に、再び夜まで店へ立つのは、今の博之には無理だった。

「日曜夜を予約制にしといて正解やな」

 五食分のカレーと米を用意し、十一時に扉を開けた。

 前日に四人来てくれたこともあり、昨日ほどの緊張はなかった。

 一人も来ない可能性はある。

 それでも、初日のゼロは避けられた。

 少なくとも、自分の店まで来てくれる人が現実にいることは分かった。

 博之はノートパソコンを開き、昨日の売上を計算し始めた。

 昼は四人。

 カレーと飲み物で、一人千円。

 さらに全員が一時間以上残り、何人かはチャージも払ってくれた。

 夜は、友人を含めて四人。

 人数だけなら多くない。

 だが、一時間で帰った人は一人もいなかった。

 二時間。

 三時間。

 酒を飲みながら、話し続けてくれた。

 基本料金と延長分を合計していく。

「四万一千円か」

 博之は、Excelの数字を二度見した。

 チップはゼロだった。

「おっさんにチップ置くやつ、そらおらんか」

 苦笑しながら、計算を確認する。

 それでも、一日で四万一千円。

 店の月額家賃は三万円だった。

 原価も光熱費もあるため、そのまま利益になるわけではない。

 だが、初日の売上だけで、家賃を超えた。

「初日だけとはいえ、これはでかいな」

 昼の客数は四人。

 夜も四人。

 Excelの強気シナリオで考えていた人数には届いていない。

 だが、客が長く滞在したことで、売上は想像以上に伸びていた。

 この店は、次々に客を入れ替える場所ではないのかもしれない。

 一人が来て、カレーを食べる。

 そのまま一時間、二時間と話す。

 別の客が来れば、客同士でも会話が始まる。

「一人を大事にして、長居してもらう店なんかな」

 もちろん、毎回満席になるなら、長時間の滞在は困る。

 次の客が座れない。

 人が多すぎれば、ゆっくり話せる空気もなくなる。

 だが、今の店にそんな心配は早かった。

 十一時半を過ぎても、客は来なかった。

「今日は、ほんまにゼロかもしれんな」

 昨日の売上に少し安心した直後だけに、静かな店内が余計に広く感じられた。

 その時、階段を上がる音がした。

 扉が開き、一人の男性が顔をのぞかせた。

「こんにちは」

「どうぞ。初めましてですかね」

「チャンネル見てます。高槻から来ました」

「高槻から?」

「そこまで遠くないんで、一回行ってみようかなと思って」

「ありがとうございます。カレーでええですか?」

「お願いします」

 博之は、日曜日最初の一皿を盛り付けた。

 男性は一口食べ、少し考えてから言った。

「まあまあっすね」

「うちは、まあまあの味でやっております」

「自分で言うんですか」

「カレー専門店ちゃうからな。おっさんと喋れる場所に、カレーが付いてくると思ってもろたら」

「それなら十分です」

 男性は笑った。

 YouTubeを見始めたきっかけ。

 仕事の悩み。

 これからの生活。

 博之が店を始めた理由。

 話題は自然に広がった。

 小一時間ほど話していると、また扉が開いた。

「まだ入れますか?」

「入れます。見ての通り、がらがらです」

 今度は京都方面から来たという男性だった。

 カレーを出し、飲み物を置く。

 二人の客と博之。

 三人で話し始める。

「空いてますね」

 京都から来た男性が、悪気なく言った。

「こんなもんやで」

 博之は笑った。

「日曜の真っ昼間に、おっさん目掛けてカレー食いに来る人が、ばかばかおったら、

 俺もっと有名人になってるわ」

「確かに」

「でも、これぐらいの方が、ゆっくり喋れるやろ」

「それはありますね」

「もう一人ぐらい来てくれたら、ありがたいけどな」

 前日の昼も四人。

 夜も友人を含めて四人。

 カレーは一度に五食。

 残った一食は、毎回博之自身が食べている。

「二日連続で俺もカレー食ってるけど、ロスは全然ないねん」

「数、読めてますね」

「たまたまや。毎週続くとは思ってへんよ」

 これぐらいの客数が毎週続けば、運営としてはかなり楽だった。

 材料を無駄にしない。

 客一人一人と話せる。

 延長してくれれば、売上も作れる。

 だが、同じ人が毎週来る保証はない。

「毎週、おっさんと喋りたいかって言われたら、別にそこまででもないやろ」

「毎日は嫌ですけど、毎週なら来てもいいっすよ」

「毎日来られても困るわ」

「相談に乗ってくれそうですし」

「そのための店やからな」

 博之はカウンターの上に置いた、小さなチップ用の札を指さした。

「昼はチャージも安いし、何かためになったと思ったら、五百円のチップ一枚でも

 置いてくれたらありがたい」

「これ、ほんまにあるんですね」

「オペレーションを難しくしたくないから、五百円一種類だけ」

「チップ入れたら、もっと相談聞いてくれるんですか?」

「内容は変わらん。俺の機嫌がちょっとよくなる」

 三人で笑った。

 博之は、前夜の様子も話した。

 初対面の客同士が自然に会話を始めたこと。

 小説の読者が来てくれたこと。

 全員が一時間では帰らず、二時間、三時間とだらだら酒を飲んでいたこと。

「夜も一回行きたいですね」

「昼よりは高いで」

「でも、盛り上がったんでしょう?」

「俺が中心というより、客同士で喋ってたな」

「それがいいんちゃいます?」

「俺も楽やしな」

 延長してくれれば、その分、酒も少し追加で出している。

 本来なら酒代を別に細かく取ってもよい。

 だが、何杯飲んだかを数え、毎回追加料金を計算すると面倒になる。

「めちゃくちゃ儲けたい店でもないからな」

「良心的ですね」

「芋も黒霧島だけ置くんやなくて、千本桜入れてるからな」

「そこはこだわるんですね」

「俺が芋好きやから」

 話しているうちに、二人の客同士も打ち解けていた。

 仕事の話から、住んでいる地域の話へ移り、最後にはおすすめの飲食店を教え合っている。

「結局、三人で盛り上がりましたね」

「ええやん、ええやん」

 博之は素直にうれしかった。

 客がゼロでも仕方がない。

 そう思いながら開けた日曜日だった。

 その店に、二人が来た。

 二人が話し、笑い、予定より長く残ってくれた。

 それだけで十分だった。

 今後は、この様子もVlogとして少しずつ発信していく。

 どれぐらいの人数が来たのか。

 何食作り、何食残ったのか。

 少人数でも、どんな空気になったのか。

「こんな感じの店ですよ。また来てください」

 それぐらいの軽さで続ければいい。

 店が少しずつ知られれば、手伝いたいという人が現れるかもしれない。

 博之の知人には、夜の店で働いた経験があり、自分でも小さく何かをやってみたいと

 言っていた女性もいる。

 博之が休む日曜夜や、平日の夜。

 従業員として店を任せるのか。

 その人の客を呼んでもらうのか。

 まだ何も決まっていない。

 だが、自分一人だけで土日の店を続ける以外にも、いくつかの道がありそうだった。

 まずは、今日来てくれた二人を大事にする。

 話を聞き、カレーを出し、気持ちよく帰ってもらう。

 それを一日ずつ重ねる。

 日曜日の昼は、二人でいい。

 博之は、そう思えるようになっていた。

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