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2026年9月1週目。第21話 もう、空きスナックではない。警察申請、商品搬入していよいよ開店前

 食品衛生責任者の講習を終えた博之は、次に警察署へ向かった。

 昼はカレーを出す小さな食堂。

 夜は酒を出し、客と話す六席の店。

 自分の中では形が見えてきたものの、それを他人へ説明しようとすると、何の店なのか分かりにくい。

「昼はランチで、夜はスナックみたいな感じです」

 窓口の担当者へ説明すると、相手は書類へ目を落としながら尋ねた。

「営業時間は何時までを予定していますか?」

「最初は午前零時ぐらいまでかなと思ってたんですけど」

「夜十一時頃で閉める形でもよいのではないですか?」

「十一時ですか」

「翌日の営業や、お仕事もあるんですよね」

「会社員は続けます。日曜の夜は、基本的には予約がある時だけです」

「でしたら、最初から遅い時間まで営業する必要もないと思いますよ」

 博之は少し考えた。

 客が一時間だけ延長したいと言えば、そのまま零時近くまで店を開けることになる。

 だが、最初から午後十一時閉店と決めておけば、区切りはつけやすい。

「ほんなら、十一時にしますわ」

「まずはそれで運営してみてはどうでしょう」

「十一時になったら、テレビの時間みたいに、はい今日はここまでですって客を追い出します」

「追い出すという言い方は、あまりよくないですけどね」

「まあ、そもそも追い出すほど客が来るか分かりませんけど」

 博之が笑うと、担当者も少しだけ表情を緩めた。

「新しいお店で集客するのは、簡単ではないでしょうね」

「普通なら無理やと思います。三階で、表からも見えませんし」

「何か集客の方法があるんですか?」

「YouTubeを四千八百人ぐらいが登録してくれてるのと、小説も書いてるんです。そこから、

 何人か来てもらえたらなと」

「ああ、そういうお店なんですね」

 担当者は、ようやく店の形をつかんだようだった。

「一般のお客さんを通りすがりで集めるというより、発信を見ている方が来る場所ですか」

「そうです。メンヘラオジサンの隠れ家、という名前で考えてます」

「まさしく隠れ家ですね」

「ほんまに隠れすぎて、誰も見つけてくれへん可能性ありますけど」

 昼はカレー。

 夜は酒。

 接客はカウンター越し。

 特定の客の隣へ座ったり、一人へ付きっきりになったりはしない。

 営業時間は午後十一時まで。

 そうした運営方法を一つずつ説明し、必要な確認を進めた。

 自分の店について他人へ説明するたびに、曖昧だった部分が少しずつ言葉になっていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 もう一つ、博之が気にしていたのが、たばこだった。

 博之自身は吸わない。

 煙の匂いも、むしろ苦手だった。

 それでも、酒を飲みながら長く滞在する客には、たばこを吸う人もいる。

「吸える店の方が、夜は客来るんかな」

 そう考えて調べてみたものの、喫煙可能な店として営業するには、

 確認しなければならない条件がいくつもあった。

 手続きには時間がかかる。

 設備や表示にも費用が発生する可能性がある。

 何より、九月第二週の開店には間に合いそうにない。

「客来るかも分からんのに、最初から全部やる必要ないか」

 喫煙できることを理由に客が増えるのか。

 逆に、煙が嫌で来なくなる人がいるのか。

 それすら、まだ分からない。

 博之は、当面は店内禁煙で始めることにした。

 実際に営業してみて、喫煙を希望する客が多い。

 店にも一定の売上があり、追加費用を出せる。

 その二つがそろった時に、改めて考えればよい。

「最初から完成形を作らんでもええわな」

 冷蔵庫も、酒も、メニューも、必要になってから増やせばいい。

 全部を整えるまで開店しないと決めれば、いつまでたっても始められない。

・・・・・・・・・・・・・・・

 九月第一週。

 いよいよ店へ設備が運び込まれた。

 最初に届いたのは、小型の二ドア冷蔵庫だった。

 配達員二人が、狭い階段を慎重に持ち上げていく。

 博之は踊り場で曲がれるかを見守った。

「そこ、いけます?」

「ぎりぎりですね」

 事前に測っていたとはいえ、梱包材に包まれた冷蔵庫は想像より大きく見えた。

 壁へこすらないよう何度か角度を変え、ようやく三階まで上がった。

「入った……」

 それだけで一仕事を終えた気分になった。

 冷蔵庫を流し台の横へ置く。

 その上に電子レンジ。

 別の台へ炊飯器とホットクック。

 IHヒーターも、使う時に出せる位置へ収めた。

 延長コードを無造作に使うのは避け、電気容量も確認する。

 福神漬けを入れる容器。

 皿。

 スプーン。

 コーヒーカップ。

 ウーロン茶用のグラス。

 掃除機とフロアワイパー。

 ゴミ袋。

 洗剤。

 トイレットペーパー。

 一つずつ物が増えるたびに、店内は狭くなった。

 だが、狭くなるほど店らしくなっていった。

 最初に見た時は、古いカウンターと赤い丸椅子が残っているだけだった。

 今は、冷蔵庫のモーター音がする。

 カウンターの内側には、博之が使う道具が並んでいる。

「ほんまに、ここでやるんやな」

 カウンターの外へ回り、六席の店内を見渡した。

 まだ酒は十分にそろっていない。

 看板も仮のまま。

 客も一人もいない。

 それでも、もう空きスナックには見えなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その夜、博之はYouTubeのライブ配信を始めた。

「いよいよ、店をやります」

 これまでのように、「考えています」とは言わなかった。

「九月の第二土曜日から、メンヘラおじさんの隠れ家を開ける予定です」

 コメント欄が動き始めた。

『ついに?』

『本当に開くんですね』

『予約必要ですか?』

「最初は様子見なんで、ちらっと見に来てもらうぐらいで大丈夫です」

 昼営業について説明する。

「カレーは八百円です。コーヒーかウーロン茶を二百円にします」

「カレーと飲み物で、ちょうど千円です」

「一人で回すんで、カレーは限定五食にします」

『五食だけ?』

「最初から十食作って、誰も来んかったら俺が一週間カレー食わなあかんからな」

『すぐ売り切れるかも』

「そんなに来ると思ってないです」

 夜は、一時間三千円。

 簡単なカレー付き。

 営業時間は午後十一時まで。

 店内は、当面禁煙。

 酒の種類も絞る。

「日本酒は、保存とか銘柄とか、まだ俺がよう分かってないんで、最初は置きません」

「芋焼酎と麦焼酎。それから鏡月ぐらいです」

「ビールサーバーも置きません。洗浄も管理も面倒なんで」

 代わりに、小瓶のハートランドを用意する。

 追加の酒は、ひとまず各種五百円。

 専門的なカクテルを作ることもしない。

 種類の多さではなく、博之と話しながら過ごす小さな場所として始める。

「バーで一万円超えたみたいな酒は出せません」

『十分です』

『ハートランド好き』

『カレーだけでも行けますか?』

「昼はカレーだけでも大丈夫です。食べて、すぐ帰ってもらってもええです」

「長く喋りたい人は、その時にチャージの相談させてもらいます」

 告知をしながら、博之は少しずつ緊張してきた。

 今までは、開店予定だった。

 だが、設備はすでに店に入っている。

 日付も口にした。

 来週になれば、本当に扉を開けなければならない。

 配信を終えたあと、博之はもう一度店へ立ち寄った。

 誰もいない店内には、冷蔵庫の低い音だけが響いていた。

 ホットクック。

 炊飯器。

 電子レンジ。

 五枚の皿。

 六脚の椅子。

 必要最低限のものは、ひとまずそろった。

 博之はカウンターの内側に立ち、空いている椅子を眺めた。

「もう、言い訳でけへんな」

 九月第二土曜日。

 メンヘラおじさんの隠れ家は、いよいよ最初の客を迎える。

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