2026年8月1週目。第14話 主催者は、全員と話さなくてもいい。街宣と懇親会の場での動きを観察しながら自分の店の形を考える。
初めて参加したデモは、ひたすら暑かった。
大阪駅前に集まっていた人間全体で見れば、千人近くいたように思う。
ただし、実際にデモの列へ加わり、最後まで歩いていたのは、二百人ほどだったかもしれない。
「千人おって、動くんは二百人ぐらいか」
博之は、汗を拭いながら考えた。
もちろん、正確に数えたわけではない。
演説だけ聞いて帰った人もいる。
有名人の顔を見に来ただけの人もいる。
通りすがりの野次馬や、反対側の人間も混じっていた。
同じ場所へ千人集まったとしても、実際に行動する人は、その一部である。
YouTubeの登録者四千八百人のうち、実際に六席の店まで来る人が何人いるか。
それと似ているような気がした。
だが、博之が今日いちばん見たかったのは、デモそのものではなかった。
本命は、その後に予定されている飲み会だった。
告知の下の方に、小さく「懇親会あり」と書かれていた。
会場の店名は載っている。
しかし、料金や詳しい仕組みは、よく分からなかった。
何人ぐらい来るのか。
主催者は参加者全員と話すのか。
知らない者同士で、どうやって時間を過ごすのか。
発信者が人を集めた時、その場がどう成立するのかを見てみたかった。
そのためだけにデモへ参加したと言えば、少し不純だった。
主張に全面的に反対しているわけではない。
かといって、炎天下で声を上げながら歩きたいほど、強く入れ込んでいるわけでもなかった。
「飲み会だけ行くのも、何かあれやしな」
そう思い、デモの列にも加わった。
結果として、身体はかなり消耗した。
八月の午後。
照り返しの強い道路。
周囲の人間の熱気。
大きな音。
水分は取っていたが、シャツは汗で背中に張りついた。
歩いている途中から、足の筋肉が時々ぴきりとつった。
「これ、ちょっと危ないな」
思想より先に、身体が悲鳴を上げていた。
それでも、何とか最後までついていった。
懇親会の会場は、駅から少し歩いた場所にある飲食店だった。
入口で料金を確認すると、一時間千五百円。
飲み物は別料金。
「なるほど、そういう仕組みか」
完全な飲み放題ではない。
場所代と参加費として千五百円を払い、酒やソフトドリンクは各自で注文する。
主催者と同じ空間にいられることを考えれば、高すぎる金額ではない。
むしろ、博之が考えているチャージ制度に近かった。
料理や酒そのものではなく、その場に参加する料金である。
店内へ入ると、想像していたより狭かった。
座席数は、どう見ても三十人ほど。
しかし、すでに人が多い。
椅子が足され、壁際にも人が立っていた。
最終的には五十人ほど集まっていたのではないか。
「明らかに箱より人多いやん」
博之は端の方に場所を確保した。
予約の時点で五十人来ると分かっていたなら、もっと大きな店を取れたはずである。
それでも、あえて三十人程度の店を選んだのかもしれない。
あるいは、主催者側も正確な参加人数を読めなかったのか。
会を重ねていれば、普段どれぐらい集まるかは、ある程度分かるはずである。
そのうえで、少し小さめの箱を取っているのだとすれば、理由は想像できた。
広い店に三十人が散らばれば、寂しく見える。
だが、三十人の店に五十人が入れば、熱気が生まれる。
立っている人がいても、混雑自体が「人が集まっている会」という演出になる。
「満席に見える方が、空気はできるわな」
六席のカレー屋にも通じる話だった。
十席の店に三人なら、少し寂しい。
六席の店に三人なら、半分埋まっている。
四人来れば、もう繁盛しているように見える。
箱の大きさは、収容人数だけで決めるものではない。
どんな空気を作りたいかでも変わる。
しばらくすると、主催者が店内へ入ってきた。
デモの場では、かなり強い言葉を使っていた人物だった。
敵と味方をはっきり分け、声を張り上げ、大勢の人間を引っ張っていた。
だが、内輪の会へ入った途端、雰囲気が柔らかくなった。
「写真、どんどん撮ってくださいね」
笑顔でそう言いながら、近くの参加者と順番に写真を撮る。
サインを求める人もいた。
手紙を渡す人もいた。
遠方から来たと話す人もいる。
主催者は、一人一人に長時間付き合うわけではなかった。
写真を撮る。
短く言葉を交わす。
肩をたたく。
別の人に呼ばれれば、そちらへ移動する。
数分後には、また別の輪の中にいる。
「全員と、じっくり喋るわけちゃうんやな」
当たり前と言えば当たり前だった。
五十人全員と十分ずつ話せば、それだけで五百分。
八時間以上かかる。
一時間や二時間の会で、全員の相談に乗ることなど不可能である。
主催者が提供しているのは、長い個別面談ではない。
同じ空間にいること。
少し顔を見せること。
写真を撮ること。
参加者同士が集まる理由になること。
そして、時々それぞれの輪へ入って、会を動かすことだった。
「主催者が全部相手せんでも、成立するんや」
参加者同士が、全員仲良しというわけでもなかった。
以前から知り合いらしい者もいる。
今日初めて会った者もいる。
一人で来て、壁際から様子を見ている人もいた。
主催者の思想に共感しているという共通点だけで、同じ箱へ集められている。
そこから自然に小さな会話の輪が生まれていた。
最近の活動について話す輪。
政治の話をする輪。
主催者との写真を見せ合う人。
名刺やSNSを交換する人。
主催者が常に中心にいなくても、会は勝手に動いている。
外に共通の敵がいることも、大きいのだろう。
外では強い言葉で対立する。
だからこそ、内側では「同じ側の人間」という意識が生まれやすい。
全員の性格が合うわけではない。
思想の細かな部分まで一致しているとも限らない。
それでも、外側との境界があることで、内側に仲間意識が生まれる。
「これは強いな」
博之の店には、政治的な敵など必要ない。
誰かを悪者にして、客をまとめたいとも思わない。
だが、共通点が場を作るという仕組みは使える。
メンヘラオジサンのYouTubeを見ている。
小説を読んでいる。
四十代以降の生きづらさを感じている。
会社で居場所がない。
ただ誰かと話したい。
そういう薄い共通点だけでも、人は同じ六席に座れるかもしれない。
博之が全員を一対一で楽しませなくても、客同士で会話が生まれれば、店は成立する。
もちろん放置してよいわけではない。
一人で来た人へ声をかける。
話に入りにくそうな人を、別の客へつなぐ。
時々、全体へ話題を投げる。
主催者は、全員の相手になるのではなく、輪と輪をつなぐ役をすればいい。
「俺が一人で、六人分喋らなあかんと思ってたわ」
それでは疲れる。
昼も夜も、一人ずつ相手をしていたら、すぐに持たなくなる。
カウンターの中に立つ博之は、話し続ける芸人でなくてもよい。
客同士が話せるきっかけを作り、時々そこへ加わる。
それなら、少し現実的に思えた。
ただ、博之の身体は、考え事を続けられる状態ではなくなっていた。
汗が冷えたのか、急に気分が悪くなってきた。
胃のあたりがむかつく。
足の筋肉も、まだ小さくつりかけている。
「熱中症ぎみかな」
無理をして倒れれば、店の勉強どころではない。
博之は水を飲み、会場に入って一時間ほどで帰ることにした。
その前に、主催者の近くまで行った。
「写真、お願いしてもいいですか?」
「もちろんです」
外で強い言葉を発していた人物とは思えないほど、気さくに横へ並んでくれた。
スマートフォンをスタッフに渡し、一枚撮ってもらう。
「ありがとうございます」
「また来てくださいね」
会話は、それだけだった。
時間にすれば、十秒か十五秒。
それでも、博之には十分だった。
長く話せなくても、写真と短い言葉は残る。
参加者は、それぞれが求める距離で主催者と接している。
サインが欲しい人。
写真が欲しい人。
手紙を渡したい人。
近くで姿を見るだけで満足する人。
全員が同じサービスを求めているわけではない。
博之は会場を出た。
外の空気を吸うと、少しだけ気分が楽になった。
帰りの電車では、ほとんど座席にもたれていた。
暑さと酒の残りと人混みで、身体は完全に疲れている。
それでも、頭の中では今日見たことを整理していた。
千人集まっても、実際に歩くのは二百人ほど。
その二百人のうち、飲み会まで来るのは五十人ほど。
そして五十人全員が、主催者と長く話すわけではない。
数字は段階ごとに小さくなる。
だが、熱量はむしろ高くなる。
YouTube登録者四千八百人。
そのうち、ライブへよく来る人が数十人。
実際に店まで来る人は、さらに少ない。
それでいい。
六席しかないのだから。
必要なのは、四千八百人全員ではない。
店へ足を運びたいと思う数人と、そこで居心地よく過ごせる空気だった。
「俺も、全員の相手せんでええんやな」
博之は、電車の揺れの中で小さくつぶやいた。
写真を撮る。
少し話す。
客同士をつなぐ。
一人でいる人に声をかける。
それだけでも、主催者としての役割は果たせる。
自宅へ着くと、水を多めに飲み、そのままベッドへ横になった。
今日は、店の家賃も設備の値段も調べていない。
それでも、人が集まる場について、Excelでは得られないことをいくつも学んだ。
小さい箱に、人が少し多めに集まることで生まれる熱気。
全員が仲良しでなくても、共通点があれば会は成立すること。
そして主催者は、全員を満足させるために、一人ずつ長時間相手をしなくてもよいこと。
眠りに落ちる直前、博之は六席のカウンターを思い浮かべた。
自分が一方的に話し続ける店ではない。
メンヘラおじさんをきっかけに、人と人が少しだけつながる店。
それなら、自分にもできるかもしれなかった。




