2026年7月4週目。第12話 店によって、目指すゴールが違う。内装諸々融資引いて作るのか。居抜きの店で細々か。目的は?色々考えさせられるwww
友人を最寄り駅まで送ったあと、博之は一人で春日の商店街を歩いていた。
酒はそれなりに入っていた。
最初のチェーン居酒屋。
偶然入った新しいバー。
最後は、虫の出るスナック。
三軒も回れば、足取りも少し怪しくなる。
「何か食って帰るか」
酒を飲んだあとのラーメンほど、うまく感じるものはない。
博之は近くのコンビニへ向かった。
その途中、先ほどまで飲んでいたバーの前を通りかかった。
店内の明かりは、まだ柔らかく灯っている。
ガラス越しに見ると、カウンターには五人ほどの客が座っていた。
「あ、客入ってるやん」
博之たちが入った時には、誰もいなかった。
開店して間もない店である。
今日は暇なのかと思っていたが、時間が遅くなるにつれて客が集まり始めたらしい。
五十代ぐらいの男性。
仕事帰りらしい服装の人。
一人で静かに飲んでいる客もいる。
「やっぱり最初やから、知り合いが来るんかな」
開店祝い。
ホテル時代の客。
近所の人。
隣の美容室の紹介。
今夜だけ人が入っている可能性もある。
博之たち二人で一万円を超えた価格が、この地域に本当に合っているのかは分からない。
茨木で飲むには、正直なところ少し高いと感じた。
だが、現に客は来ている。
客が来ない店より、来る店の方がよいに決まっている。
そもそも、茨木には、静かに酒を飲める本格的なバーがそれほど多くない。
チェーン居酒屋や大衆酒場はある。
スナックもある。
しかし、ホテル出身のバーテンダーが、きれいな空間で、きちんとした酒を出す店は少ない。
「ブルーオーシャンとまでは言わんでも、一定の客はおるんかもな」
落ち着いた場所を求める高所得層。
仕事帰りに一杯だけ飲みたい会社員。
ホテルのバーへ行くほどではないが、大衆酒場では騒がしいと感じる人。
そういう特定の層をつかめれば、続く可能性はある。
「まあ、それもたらればやけどな」
今夜五人いたことと、半年後も五人いることは別である。
新しい店だから来る客もいる。
一度来て、値段を見て戻らない人もいる。
結局、商売は続けてみなければ分からない。
博之はコンビニで冷凍のつけ麺を買い、自宅へ戻った。
酔った頭で温め、麺をすすった。
味は、よく覚えていない。
満腹になると急に眠くなり、そのままベッドへ倒れ込んだ。
翌日。
昼前に目を覚ますと、口の中が乾いていた。
頭は少し重い。
「飲みすぎたな」
水を飲み、しばらくぼんやりしているうちに、前夜の二軒が頭に浮かんできた。
新しくできた、内装の整ったバー。
虫がカウンターを歩いていた、古いスナック。
比べるまでもなく、居心地がよかったのはバーだった。
照明。
椅子。
グラス。
酒の並べ方。
バーテンダーの所作。
すべてに手が入っていた。
博之は、昨夜の店内を思い出しながら考えた。
「少なく見ても、千万円ぐらいかかってるんちゃうか」
物件取得費。
内装工事。
カウンター。
棚。
冷蔵庫。
製氷機。
グラス。
酒の仕入れ。
何より、営業を始めて客が定着するまでの運転資金。
銀行から借りていると、店主自身も言っていた。
家族もいる。
つまり、あの店は店主の生活を支えなければならない。
毎月の家賃を払い、借入金を返済し、家族が暮らせるだけの金を残す。
客が来なくても、今日は気分が乗らないから休む、とは簡単に言えない。
あの店主にとって、店は仕事であり、人生をかけた事業だった。
一方、最後に入ったスナックは、まるで違った。
店主の女性は、補整下着や金融の営業を経験したあと、結婚相談のような
仕事もしていると言っていた。
成人した娘がいる。
家にいても、一人で飯を食べることが多い。
姉が以前から店をしており、そのつながりで昔からの客も時々来る。
「暇つぶしみたいなもんやねん」
女性は、そんなことも口にしていた。
生活のすべてを、あのスナックの売上で支えているわけではないのだろう。
誰かと話せる。
姉の客が顔を出す。
週に何度か店を開け、自分も酒を飲みながら昔話をする。
利益が大きくなくても、自分の居場所になっていればよい。
「そら、スタンスが全然違うわな」
どちらが正しいという話ではなかった。
高い金をかけ、生活を成り立たせるために作る店。
小さな固定費で、話し相手や居場所を得るために続ける店。
同じ酒を出す店でも、目標が違う。
目標が違えば、必要な売上も違う。
求める客数も違う。
接客にかける力も、内装へ使う金も違って当然だった。
ただし、暇つぶしの店だからといって、虫が出てもよいわけではない。
客を置き去りにして、店主ばかりが悪口を話してもよいわけでもない。
利益を第一にしないことと、客への配慮をなくすことは別だった。
「俺が目指すんは、どっちや」
答えは明らかだった。
千万円を借り、生活を背負って本格的な店を開くことなどできない。
今の博之には、その信用も金もなかった。
仮に借りられたとしても、毎日店を開け続ける体力があるとは思えない。
目指すのは、後者に近い。
土日だけ。
六席。
家賃三万円。
初期費用二十万円まで。
会社員の収入を残したまま、小さく始める。
客が少なくても、すぐには生活が破綻しない。
ただし、完全な暇つぶしではない。
赤字を垂れ流すつもりもない。
自分の人件費は少しでも作る。
来てくれた人が、金を払ったことを後悔しない空間にはする。
「バーとスナックの間ぐらいか」
高級な内装はいらない。
日本刀で氷を切る必要もない。
だが、店は清潔にする。
酒の種類は少なくても、何をいくらで出すのかは分かりやすくする。
博之ばかりが話すのではなく、客の話も聞く。
カレーを食べるだけの人には安く。
ゆっくり話したい人には、時間に対する料金をもらう。
万人に好かれる必要はない。
だが、来た人を雑に扱ってよい理由にもならない。
博之はノートパソコンを開き、「週末カレー屋試算」のファイルを立ち上げた。
新しいシートを一枚追加する。
シート名は「店の目的」。
一番上に、三つの項目を入力した。
一つ。
生活費を稼ぐ本業にはしない。
二つ。
赤字を出さず、自分の人件費を少しでも作る。
三つ。
発信を見てくれている人と、現実で会える居場所にする。
数字を計算する前に、何を目指す店なのかを決めなければならない。
月に百万円売る店と、月に五万円を残せればよい店では、正しい経営が違う。
前夜に入った二軒は、価格も内装も接客もまるで違っていた。
だが、一番違っていたのは、店主が店に求めているものだった。
「俺も、先にゴールを決めなあかんかったんやな」
酒の余韻が残る頭で、博之はようやく気づいた。
店を始めるかどうかを考える前に。
何食売るかを計算する前に。
自分は、その六席の店で何を手に入れたいのか。
それを決めなければ、利益が三万円でも少ないのか、十分なのかさえ判断できない。
メンヘラおじさんが作ろうとしているのは、人生を背負う本格的な飲食店ではない。
かといって、客を無視した暇つぶしの店でもない。
小さく稼ぎながら、人と会い、経験を積み、発信にもつなげる。
その中間にある、まだ名前のない店だった。




