3
八年前の記憶。
あの日もいつも通りの一日を終え、布団にもぐりこんだはずだった。
物音に目が覚め、表に出た時に受けた大きな衝撃が蘇る。
戸惑う幼い雪花を必死で守り抜いた母は雪の上に倒れていた。
「お母さまっ!」
母の顔色はすこぶる悪かった。ただでさえ色白な肌が、消えてしまいそうなくらい青白く見える。
雪花は雪の上で横たわる母の右手を握った。あたたかかった手がどんどん熱を失っていく。
「……ごめんね、雪花。わたくしにはもう、このくらいしかできないわ」
「いやっ! そんなこと言わないで……」
「……本当にごめんなさい。あなたに、わたくしの力を……」
力が抜けていたはずの母の左手が雪花の胸に当てられ、ほんの一瞬、眩い光に包まれた。
(……っ! なに、これ……)
思わず目を閉じる。
母の手が当てられた胸は温かいような冷たいような不思議な温度だった。
「……愛しているわ、雪花」
白い光が薄れた時、母は力なく笑いその天色の目を閉じたのだった。
「いやっ…… お母さまっ お母さまっ!」
雪花の叫び声が山々に反響する。
目を閉じた母はもう二度とその目を開けることはなかった。
あぁ、そうか。
あの夜、母の手から感じたなんとも言えない温度とあの眩い光は、母の持つ力を雪花自身に注がれていたものだったのか。
——わたくしの力を。
——ごめんね、雪花。
力なく言う母の姿が思い出された。
(わたくしは何も知らなかった…… いえ、知ろうとしなかった。自分の力を恐れてばかりで……何も……)
あの日、母が言った言葉の意味を少しでも理解しようとしていれば。
自分の力に向き合い、解決策を調べていれば。
(結局わたくしは、誰かを傷付けないように守ろうとして、自分を守っていたのね……)
自分が感情を出して誰かを傷付けるなら一人でいた方が良いとか、相手を思っているように聞こえるかもしれない。けれども、不確かな事実で相手を遠ざけ、人を守り切った気になっていた自分が情けなかった。
つぅと涙が頬を滑る。
落ちていく涙が硝子玉に形を変え、御座の上に転がった。
「涙が氷に……」
「妖の話は本当なのですね……」
「雪花さまが、泣いていらっしゃる……」
そこらじゅうからざわめきが起こる。
それは雪花の涙が氷の粒になった驚きもあったが、人前で感情を封じていた雪花が初めて見せた涙に息を呑む人もいた、
雪花を見る目は様々で、この場から立ち去りたい衝動に駆られるが、身体は鉛のように重く動かなかった。
「ふっ。雪花よ。これで分かったか。お前の味方など存在しないし、私は何も間違っていない。妖の力は不吉なものだ。即刻、雪花を捉え刑に——」
「お待ちください」
力が入らず項垂れる雪花の耳に、遠くからはっきりと声が聞こえた。
その声は穏やかな中にも厳しさが含まれた、凛としたもの。
そして、これまで何度も暗闇の中にいる雪花を救い出してくれていた声だった。




