呪い
「雪花さま、お茶は私が淹れますから……!」
「良いのよ。琴乃は安静にしていてちょうだい」
「ですが……」
「わたくしがやりたくてやっているのよ」
あれから琴乃はすぐに目を覚ました。温かい部屋でゆっくり休み、温かい物をたくさん食べた琴乃は数日後にはすっかりと元気を取り戻していた。
何事もなく体調が良くなったことは嬉しいが、雪花の心の中にはまだ燻っているものがあった。
自分が琴乃を傷付けてしまったという事実。
事実は変えることはできないし、過去に戻ることもできない。だからといって謝ろうにもなんて言えば良いか悩んでしまう。
その罪滅ぼしではないが、琴乃に尽くそうとしていた雪花だったが、ことごとく止められていた。
布団に座る琴乃に茶を淹れ差し出す。
「ありがとうございます……お姉さま」
普段と変わらない笑みに、あのまま息絶えなくて本当に良かったと心の底から思う。
琴乃が茶を飲んでいる間、沈黙が落ちた。
何か話そうかと思うが、すんなり言葉が出てこない。
琴乃は優しい。先日のことを謝れば許してくれるだろう。しかし、雪花は自身のことが許せないのだった。
膝の上に乗せていた手に思わず力が入る。それに気づいた琴乃は湯呑みを畳の上に置くと、雪花の手に自分の手を重ね合わせた。
「お姉さま、ご自分を責めてはいけませんよ?」
「……」
「私はお姉さまと出会えて、一緒に過ごせてとても嬉しいんですから」
「琴乃……」
心のどこかでずっと引っかかっていた。
雪花の養父、つまり琴乃の実父は天華宮内で位の高い文官だ。本来なら、実子である琴乃が妃になるはずだったのに。選ばれたのは自分で。さらに選ばれたくせに愛想のなさから帝が離れてしまう末路。
それなのに琴乃はいつも雪花の味方でいてくれた。そんな琴乃を傷付けた自分の力が憎い。
自分は本当に人を不幸にしてしまう。
「お姉さまの優しさは、いつも充分に伝わっていますわ。だからご自分をそんなに責めないで下さいませ」
「……ありがとう、琴乃」
「それにしても」
琴乃は言葉を切ると顎に手を当てて何やら考え始めた。
「どうかしたの?」
「あの時、とても不思議な感覚を味わいました」
「……あの時?」
雪花が小首を傾げると、琴乃は大きく頷いた。
「はい。あの日私は雪花さまのご様子を見ようとお部屋の外に待機しておりました。その時に冷たい風に当てられ気を失ったのですが、どなたかに部屋に運んでいただいた際に不思議な感覚がしたのです」
「不思議な感覚……」
「はい。身体に広がっていた冷気がじわじわと何かに吸収され、心が温かくなったのです。意識が朦朧としていましたが、その不思議な感覚後すぐに身体が楽になりました」
「まぁ、そんなことが」
「後から聞きましたが、私をお部屋に運んでくれたのは春陽さまだったとか。春陽さまは不思議な力でも持っているのですかねえ」
(春陽さまが不思議な力……?)
冗談だと明るく笑う琴乃だったが、その言葉に妙に引っ掛かりを覚えた。
だって、雪花だって春陽に触れて同じように感じたから。
流れ出た涙が凍てつかなかったのは初めてで。
(わたくし、春陽さまの前なら感情を出しても大丈夫なの……? 一体なぜ……?)
春陽が雪花と同じように何らかの力を持っているのだろうか?
それとも——雪花が彼を信じたいと思ってしまったから?
春陽のことを考えると、雪花の心臓は少し早まるのだった。




