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夜鳴き蕎麦徒然草子  作者: いわん
第十部:文化十三年、江戸日本橋。

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第九十七回:「笹屋」の新人職人の噂。

初冬。江戸は日本橋。

橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」に灯りが付いていた。

提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。

流石に風が冷たくなってきていた。


常連客が二人、「清吉」の暖簾をくぐった。

それぞれ、かけ蕎麦を注文する。

店主は、蕎麦を二束、茹で始めた。

二人の会話が聞こえてくる。

常連客が言った。

「『笹屋』って知ってるか?『鴨南蛮』の『笹屋』」

もう一人が答える。

「あたりめぇよ。あそこの『鴨南蛮』は絶品さね。値が張るんでそうしょっちゅうは食えねぇが」

「その『笹屋』、鴨南蛮だけでなく、かけが美味くなったらしい」

「かけも美味くなったのかい!そりゃいいことだ」

「どうにも、いい腕の蕎麦打ち職人が入った、って噂でねぇ……」

その言葉に、店主の手が一瞬、止まった。

もう一人が口を開く。

「そうなのかい……そういや店主、最近、あの若者を見かけないけど……」

店主はぶっきらぼうに答えた。

「……あいつなら辞めましたよ。『修行が辛い』って、田舎に帰りましたわ」

常連客は驚いた。

「へぇ……そうは見えなかったけどねぇ……」

「まぁ、いつもの形に戻っただけですよ……はいよ、かけ、お待ち」

店主は、かけ蕎麦の椀を二つ、差し出すのだった。


常連客二人は、かけ蕎麦を啜り始めた。

二人の会話を店主は噛み締めていた。

――どうやら「笹屋」さんで、あいつはきちんと修行を続けているようだな……

店主の顔は自然と微笑むのだった。


初冬の夜風に吹かれて、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。


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