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夜鳴き蕎麦徒然草子  作者: いわん
第九部:文化十二年、江戸日本橋。

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第八十九回:新しい「南町奉行」

江戸は日本橋。冬。

橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」があった。

提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。


八丁堀が暖簾を上げた。

「天ぷら……いや、花巻で」

八丁堀の声は疲れていた。

「……どうしましたい?」

珍しく、店主から話しかけた。

「……いや……新しいお奉行なんだが……」

八丁堀が愚痴をこぼし始めた。

「……とにかく『切れ者』なんだ。それはありがたい。しかし、俺ら同心にも、同じ切れ味を求める。正直、しんどくて堪らない」

「ほう」

「中間や岡っ引きにすら、それを求める。言いたいことはわかるが、人の世はそんなふうには動かねぇ……そのことに気づいてくれると、ありがたいんだがねぇ……」

店主は花巻の椀を、八丁堀に差し出した。

「この出し汁と海苔の香り……これを食えば、お奉行のことは忘れられそうだ……」

そういうと八丁堀は、花巻を啜り始めた。

「……美味い……いい海苔の香りだ……」

八丁堀の顔に笑みが浮かんだ。

「まぁ、愚痴りたくなったら、また来てくださいよ、旦那」

「愚痴?なんのことだ?」

八丁堀はすっとぼけるのだった。


江戸の冬風に吹かれて、「清吉」の暖簾がたなびき、風鈴がチリリンと鳴った。


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