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第八十九回:新しい「南町奉行」
江戸は日本橋。冬。
橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」があった。
提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。
八丁堀が暖簾を上げた。
「天ぷら……いや、花巻で」
八丁堀の声は疲れていた。
「……どうしましたい?」
珍しく、店主から話しかけた。
「……いや……新しいお奉行なんだが……」
八丁堀が愚痴をこぼし始めた。
「……とにかく『切れ者』なんだ。それはありがたい。しかし、俺ら同心にも、同じ切れ味を求める。正直、しんどくて堪らない」
「ほう」
「中間や岡っ引きにすら、それを求める。言いたいことはわかるが、人の世はそんなふうには動かねぇ……そのことに気づいてくれると、ありがたいんだがねぇ……」
店主は花巻の椀を、八丁堀に差し出した。
「この出し汁と海苔の香り……これを食えば、お奉行のことは忘れられそうだ……」
そういうと八丁堀は、花巻を啜り始めた。
「……美味い……いい海苔の香りだ……」
八丁堀の顔に笑みが浮かんだ。
「まぁ、愚痴りたくなったら、また来てくださいよ、旦那」
「愚痴?なんのことだ?」
八丁堀はすっとぼけるのだった。
江戸の冬風に吹かれて、「清吉」の暖簾がたなびき、風鈴がチリリンと鳴った。




