↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜鳴き蕎麦徒然草子  作者: いわん
第九部:文化十二年、江戸日本橋。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
88/99

第八十八回:若者の再挑戦

初冬。江戸は日本橋。

橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」に灯りが付いていた。

提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。


昼の裏長屋。店主の蕎麦打ちを、若者は見ていた。その表情は真剣だった。

店主の蕎麦打ちが一段落する。店主は一息ついた。

「……また、屋台に立たせてください」

若者は口を開いた。

「……今度は、ヘマをしません。お願いします」

店主は答えた。

「……構わねぇよ。なんなら、お前さんの蕎麦でやってみるかい?」

「……え……あ……いや……俺の蕎麦はまだ師匠のより全然で……」

店主は笑った。

「『師匠呼び』はやめろ、って言ってるだろ。しかし、自分の蕎麦をわかってるたぁ、お前さんも、物事がわかってきたようだねぇ」


その日の夜。夜鳴き蕎麦屋「清吉」。

その奥には、若者が立っていた。以前より、緊張していた。

逆に、店主は気楽に構えていた。

時刻が過ぎていった。

その時、常連客が暖簾を上げた。

「かけ一丁……って、おや、いつぞやの」

常連客は驚いた。以前の若者が、またそこにいたからだ。

「い、いらっしゃい。か、かけ一丁!」

若者の声は相変わらず、上ずっていた。

若者の背後にいた店主が常連客に声をかけた。

「……すいやせん、旦那。また、こいつの蕎麦を食ってみてくれませんかね」

常連客は答えた。

「あいよ。わかった。さて、前よりどれだけ腕を上げたか、お手並み拝見だ」

そう言うと常連客は笑った。

若者は、蕎麦を一束、鍋に入れた。以前とは違い、パラパラとほぐして入れていた。

蕎麦を湯から引き上げ、湯切りをした。その手つきは力強かった。

椀に開けた蕎麦に出し汁をかけ、刻み葱を乗せた。その手捌きは滑らかだった。

常連客は、その光景をのんびりと眺めていた。口元に笑みが浮かんでいた。

「お待たせしました、かけ一丁です」

若者は、緊張した面持ちで、かけ蕎麦を常連客に差し出した。

蕎麦と出し汁の香りが、常連客の鼻をくすぐった。

「……ありがとよ……では、お手並み拝見……」

常連客は箸を取り、蕎麦を啜った。

言葉はすぐに出た。

「……美味いじゃないか……店主、こりゃうかうかしてられねぇぞ……」

店主は苦笑した。

若者は答えた。

「……ありがとうございます!……ですが、この蕎麦も出し汁も、師匠のなんで……」

「……そういうことかい。じゃあ、今度は、あんたの蕎麦と出し汁で食わせてくれ。期待してるぜ」

その言葉に、若者は頭を下げるのだった。


この日の商いは、若者が全て回した。

常連客も八丁堀も、皆、満足して帰っていった。

「……よかったぜ……」

店主は若者に声をかけた。

――こりゃ、本当に、あっという間に抜かれちまうな……

店主はそう思うのだった。その口元には笑みがあった。


初冬の夜風に吹かれて、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。