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夜鳴き蕎麦徒然草子  作者: いわん
第九部:文化十二年、江戸日本橋。

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第八十五回:落噺

秋。江戸は日本橋。

橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」に灯りが付いていた。

提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。


一見客が暖簾を上げた。

かけ蕎麦を注文する。

店主は、蕎麦を一束、鍋に入れた。

一見客は、ほろよい加減だった。

店主は茹で上がった蕎麦を湯切りする。

同時に、店主が口を開いた。

「ご機嫌ですねぇ、旦那」

一見客が答えた。

「おうよ。両国の寄席で可楽の落噺を見てきてね。そのあと、居酒屋で一杯ひっかけて来たもんで」

「落噺ですかい」

店主は答えつつ、蕎麦を椀に開けた。

一見客はご機嫌だった。言葉が止まらない。

「今日も可楽の三題噺は面白かったぜ。上方のも面白いが、可楽の即興話の方が上だね」

店主は蕎麦の椀に出し汁を注いだ。刻み葱を乗せる。

「さいですか……でもお客さん、頼みますから『今何時だ』とか聞かないでくださいよ」

客は一瞬、ポカンとなった。次いで笑った。

「『時そば』かよ!店主、わかってるじゃねぇか」

笑っている客に店主はかけ蕎麦を差し出すのだった。

「……いい香りだ。いい仕事なのがわかる……」

一見客はそういうと蕎麦を啜った。

「……美味いねぇ……出し汁が染みる……」

一見客は満足げに蕎麦を改めて啜るのだった。


蕎麦を食べ終えた一見客は懐をまさぐった。

「ご馳走さん……えぇと……お代は……」

「かけは十六文でさぁ」

「あいよ……十六文きっかりだ。『時そば』みてぇにごまかしゃしねぇぜ」

そう言って、四文銭を四枚、一見客は笑いながら出すのだった。

「ありがとうございます。今後ともご贔屓に」

店主は頭を下げるのだった。


秋の夜風に吹かれて、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。


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