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夜鳴き蕎麦徒然草子  作者: いわん
第九部:文化十二年、江戸日本橋。

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第八十三回:初めての「夜鳴き蕎麦」商い。

初秋。江戸は日本橋。

橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」に灯りが付いていた。

提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。

夜ともなれば、人通りは少ない。荷上げの人足、同心の夜廻。昼の喧騒とは通る人も違っていた。

その「夜鳴き蕎麦屋」には、毎日のように常連客が訪れていた。


店主は、「師匠の孫」の若者を「夜鳴きそばの屋台」に立たせることに決めた。

「実際に、客相手に蕎麦を出してみな」

店主は若者に、そう告げるのだった。

若者は驚きを隠せなかった。


その日の夜。日本橋は夜鳴き蕎麦屋「清吉」。

常連客が暖簾を上げた。

「かけ一丁……って、あれ、店主は?」

常連客は戸惑った。いつもの店主ではなく、見知らぬ若者が立っていたからだ。

「い、いらっしゃい。か、かけ一丁!」

若者の声は上ずっていた。

若者の背後にいた店主が常連客に声をかけた。

「……すいやせん、旦那。こいつはあっしが世話してる者なんですがね。今日はこいつの蕎麦を食ってみてくれませんか……」

常連客は答えた。

「……そういうことかい。わかった。俺は構わねぇよ。旦那が鍛えたんなら、味は大丈夫だろ」

そう言うと常連客は笑った。

店主は頭を下げた。

「ありがとうごぜぇやす……ほら、かけ一丁だ。蕎麦を茹でるんだよ」

店主は若者に指示を出した。

若者は慌てて、蕎麦を一束、鍋にドボンと入れる。

店主は何も言わなかった。

若者は、慌てて鍋をかき混ぜた。

常連客は、その光景をのんびりと眺めていた。口元に笑みが浮かんでいた。

若者は蕎麦を湯から引き上げ、湯切りをした。その手つきはぎこちなかった。

椀に開けた蕎麦に出し汁をかけ、刻み葱を乗せた。

「……お待たせしました、かけ一丁です」

若者は、かけ蕎麦を常連客に差し出した。

「ありがとよ。では、お手並み拝見……」

常連客は箸を取り、蕎麦を啜った。

黙々と蕎麦を食べる。

若者の額に緊張の汗が流れた。

常連客が箸を置いた。

「……初めてにしちゃ上出来。でも、まだまだ店主には敵わないね……」

「……率直なご意見、ありがとうございます……お代は……」

その店主の言葉を遮るように、常連客は銭を出した。四文銭、四枚。

「はいよ、十六文。そこら辺の夜鳴きよりは食える代物だったよ。お代はちゃんと払うよ。あんちゃん、頑張りな」

「……ありがとうございます!」

若者は頭を下げたのだった。


初秋の夜風に吹かれて、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。


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