第八十回:文化十一年の年の瀬
文化十一年。冬は師走。江戸は日本橋。夜半の橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」に灯りが付いていた。
提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。
雪が降りそうな夜だった。
寒さを紛らわそうと、「清吉」には常連客がひっきりなしに訪れていた。
素早く注文し、蕎麦の椀を受け取ると、麺を啜って汁を飲む。
そして、体が温まると、機嫌良く帰っていった。
八丁堀が暖簾を上げた。
「天ぷら、まだあるかい」
「あいよ。天ぷらね」
店主は答えた。
店主は、蕎麦を一束、鍋に入れた。
店主は茹で上がった蕎麦を勢いよく湯切った。椀に蕎麦を開ける。
出し汁がかけられた蕎麦の椀に、天ぷらを乗せた。
「はいよ。天ぷら、お待ちどう」
店主は、天ぷら蕎麦の椀を八丁堀に差し出した。
八丁堀は、天ぷら蕎麦の椀を手に取った。
箸を取り、蕎麦を啜る。
「……美味ぇ……あったまる……」
八丁堀は笑みを浮かべるのだった。
八丁堀は箸を置いた。完食だった。店主に声をかける。
「……今年は休むことが増えたな……」
「……あっしも歳ですかねぇ……色々と体にガタが出始めてまして……」
「……まぁ、無理はするなよ……」
店主は頭を下げた。
「へぇ。せいぜい用心しますよ……」
八丁堀は、暖簾を上げて帰っていった。
冬の夜風に吹かれて、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。
店主が屋台を畳む頃、雪がパラリパラリと降り始めた。
文化十一年が暮れていった。




