第七十九回:船宿の女たち
江戸は日本橋。冬。
橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」があった。
提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。
「やってるかい」
気風のいい女の声が飛んできた。久しぶりの来店だった。
「あいよ。何にしましょう」
「……ほら、あんたたち、何にするんだい」
店主が見やると、年頃の女が、後ろに三人いた。
「何があるんですか?」
女の一人が尋ねる。
「……かけ、花巻、天ぷらでさぁ」
店主はぶっきらぼうに答えた。
「じゃあ、花巻ひとつ」
「あたしは奮発して天ぷらで」
「かけ、お願いするよ」
「それじゃ、あたしは前と同じで花巻だ。海苔をたっぷりでね」
女たちはそれぞれ注文した。
「あいよ.かけ一つ、花巻二丁に天ぷら一つね」
店主は、蕎麦を四束、鍋に入れた。
店主は茹で上がった蕎麦を勢いよく湯切った。四つの椀にそれぞれ蕎麦を開ける。
出し汁がかけられた蕎麦の椀に、刻み葱、ちぎった海苔、天ぷらを乗せた。
「はいよ。お待ちどう」
店主は、蕎麦の椀を四つ、女たちに差し出した。
女たちはキャイキャイ言いながらそれぞれの椀を手に取った。
箸を取り、蕎麦を啜る。
途端に、女たちは、皆、黙りこくった。黙ったまま、蕎麦を啜り続ける。
一人が口を開いた。
「……何これ……美味しい……」
花巻を啜ってた女が続いた。
「そうだろう、そうだろう。あたしも、見つけた時は驚いたもんさ」
「……これなら、毎日でもいい……」
その言葉に女たちは皆、頷いた。
「……でも、このあいだ来たら、この屋台、いなかったんだよ。店主さん」
店主は気風のいい女に答えた。
「蕎麦か出し汁が切れたらその日は終いなんで。そういう日だったのかもしれやせんね……」
「……そういうことかい」
女は残念がった。
「あたしら、船宿の女は、夜、いつ終わるかわからないからねぇ……御大尽が来たら朝までってこともめずらしくない……」
「提灯の灯りを見かけたら、是非、これからもお越しくださいな」
店主はそう告げるのだった。
女たちは蕎麦を食べ終えると、陽気に連れ立って船宿へ戻っていった。
「今後とも、どうぞご贔屓に」
店主は頭を下げるのだった。
江戸の冬風に吹かれて、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。




