第八回:天ぷら持参の客
江戸の夜更け時刻。日本橋の袂。
夜鳴き蕎麦屋「清吉」の提灯に灯りが灯った。
いつものように、常連が蕎麦に食いに訪れていた。今日は、顔見知りばかりが暖簾をくぐる。
店主は、注文を淡々と捌いていた。いつもと変わらない、いつもの風景だった。
「じゃまするよ」常連客の一人が暖簾を上げた。
「かけ、一丁、頼むよ」
「はいよ。かけ一丁ね」店主は答えた。
常連客は、何やら荷物をゴソゴソと探っている。
店主は、気にすることなく、かけ蕎麦の準備を始めていた。
蕎麦を茹で、出し汁をかけ、刻み葱を散らす。
店主は、出来上がったかけ蕎麦の椀を、常連客に差し出した。
常連客は、荷物から、包みを取り出した。
「店主さんよ」常連客が話しかけた。「これ、かけに入れてもいいかね?」
そう言って客が見せたのは、天ぷらだった。
「蕎麦に天ぷらって、合うんじゃないかと思ってね」
「その天ぷら、自分で揚げたのかい?」店主は尋ねた。
「んなことあるかい。昼に、天ぷらの屋台で買ったのを取っといたのさ」
そう言って、客は、持参した天ぷらをかけ蕎麦の上に乗せるのだった。
「あんたが乗せたいってんなら、構わんけれど」店主は言った。
「それがたとえ美味くても、うちじゃ提供しないぜ?天ぷらなんざ揚げてる暇ないからな。正直、しっぽくの準備だってめんどくさいんだ」
「わかってるよ。天ぷらはこっちで用意するさ」そう言って、客は、天ぷらを乗せた蕎麦を美味そうに啜る。
「当たっても、頼むから、うちのせいにはしないでくれよ」店主は、客に向けて、そういうのだった。
天ぷらを乗せたかけ蕎麦を常連客は完食した。その表情は満足げだった。
「これはいい。店主、これは美味いぞ」
「……ですから、いくら美味くても、うちじゃやりませんて……」店主は困った顔を見せるのだった。
店主の言葉に応えるかのように、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。




