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夜鳴き蕎麦徒然草子  作者: いわん
第一部:文化四年、江戸日本橋。

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8/12

第八回:天ぷら持参の客

江戸の夜更け時刻。日本橋の袂。

夜鳴き蕎麦屋「清吉」の提灯に灯りが灯った。

いつものように、常連が蕎麦に食いに訪れていた。今日は、顔見知りばかりが暖簾をくぐる。

店主は、注文を淡々と捌いていた。いつもと変わらない、いつもの風景だった。


「じゃまするよ」常連客の一人が暖簾を上げた。

「かけ、一丁、頼むよ」

「はいよ。かけ一丁ね」店主は答えた。

常連客は、何やら荷物をゴソゴソと探っている。

店主は、気にすることなく、かけ蕎麦の準備を始めていた。

蕎麦を茹で、出し汁をかけ、刻み葱を散らす。

店主は、出来上がったかけ蕎麦の椀を、常連客に差し出した。

常連客は、荷物から、包みを取り出した。

「店主さんよ」常連客が話しかけた。「これ、かけに入れてもいいかね?」

そう言って客が見せたのは、天ぷらだった。

「蕎麦に天ぷらって、合うんじゃないかと思ってね」

「その天ぷら、自分で揚げたのかい?」店主は尋ねた。

「んなことあるかい。昼に、天ぷらの屋台で買ったのを取っといたのさ」

そう言って、客は、持参した天ぷらをかけ蕎麦の上に乗せるのだった。

「あんたが乗せたいってんなら、構わんけれど」店主は言った。

「それがたとえ美味くても、うちじゃ提供しないぜ?天ぷらなんざ揚げてる暇ないからな。正直、しっぽくの準備だってめんどくさいんだ」

「わかってるよ。天ぷらはこっちで用意するさ」そう言って、客は、天ぷらを乗せた蕎麦を美味そうに啜る。

「当たっても、頼むから、うちのせいにはしないでくれよ」店主は、客に向けて、そういうのだった。


天ぷらを乗せたかけ蕎麦を常連客は完食した。その表情は満足げだった。

「これはいい。店主、これは美味いぞ」

「……ですから、いくら美味くても、うちじゃやりませんて……」店主は困った顔を見せるのだった。


店主の言葉に応えるかのように、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。


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