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夜鳴き蕎麦徒然草子  作者: いわん
第八部:文化十一年、江戸日本橋。

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第七十六回:「笹屋」の「鴨南蛮」蕎麦

秋。江戸は日本橋。

橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」に灯りが付いていた。

提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。


昼すぎ。天ぷらの仕入れ前に店主は、とあるところに立ち寄った。

日本橋は鞍掛橋の袂の蕎麦屋「笹屋」だった。

暖簾を上げ、店に入る。

「いらっしゃいませー」

威勢のいい声が返ってきた。

――さすが大店。教育ができてるねぇ……

店主は「鴨南蛮」を注文した。

待っているあいだも、ひっきりなしに客が出入りする。

皆、満足げな表情で帰っていった。

店主の期待が膨らんでいった。

「はいよ。鴨南蛮、お待ちどう」

店主の前に鴨南蛮が置かれた。

鴨と焼いた葱の香ばしい香りが、店主の鼻をくすぐった。

――さてと……お手並み拝見……

七味をパラリとかけ、店主は蕎麦を啜った。

店主は目を見開いた。

「美味い……」

思わず言葉が出た。

店主は無言になって蕎麦を啜った。

鴨と葱を口に含む。鴨肉の脂の旨みが絶妙だった。

――かけ蕎麦なら負けないかもしれねぇ。でも、この「鴨南蛮」は……

店主は、夢中になって「鴨南蛮」を食べた。

食べ終えて、店主は声をかけた。

「店主の旦那に……治兵衛さんにご挨拶させてくれないかい……」

その言葉を受けて、「笹屋」の店主、治兵衛が現れた。

不審げな目で店主を見た。

「……何か、うちの蕎麦に問題でもありましたかい……」

店主は首を横に振った。破顔して、治兵衛に頭を下げる。

「こんな美味い『鴨南蛮』は初めてで……感激しました。あっと、失礼。あっしは日本橋で夜鳴き蕎麦をやってる者ですが……」

治兵衛の目が変わった。

「日本橋の夜鳴きって……あの『清吉』の店主さんかい?」

「……へぇ、うちをご存知で?」

「ご存じも何も、うちの若い者が絶賛してるよ。『仕事帰りに食う。美味い夜鳴きだ』ってね」

店主は頭を掻いた。

「いや……此方さんの『鴨南蛮』には敵いませんて……鴨も葱も此方で調理を?」

「さいでさぁ。どこも『鴨葱の炙り』なんて作りません。逆に、うちで作るから、蕎麦に合わせられる。って寸法でさぁ」

治兵衛は誇らしげだった。

「それはそれは……ご教授、ありがとうございます」

店主は治兵衛に深々と頭を下げるのだった。


帰り道。

――やっぱり、うちでは「鴨南蛮」は無理だねぇ。今の品書きで頑張るか……

店主はそう思うのだった。


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