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夜鳴き蕎麦徒然草子  作者: いわん
第八部:文化十一年、江戸日本橋。

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第七十一回:蕎麦の季節の訪れ。

文化十一年。秋。江戸は日本橋。

橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」に灯りが付いていた。

提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。


毎年、その年の初商いは緊張する。

それは「清吉」の店主でも例外ではなかった。

「自分の味は飽きられてないか」

その不安は、いつも感じていた。

――でも、あっしにゃあ、この味しかないんだ。

店主は腹を括るのだった。


「かけ、一丁」

常連客が暖簾を上げた。今日の初客だった。

「あいよ。かけ一丁ね」

店主は、蕎麦を一束、沸騰した鍋に入れる。

茹で上がった蕎麦を勢いよく湯切った。

出し汁がかけられた蕎麦の椀に、刻み葱を乗せた。

「はいよ。かけ、お待ち」

店主は、かけ蕎麦の椀を常連客に差し出した。

「ありがとよ……今年もこの季節が来たねぇ……」

「今年も皆さんにご贔屓にしてもらって……ありがたいことです」

店主は頭を下げた。

「頭あげてくれ。こっちは美味い蕎麦を食わしてもらってるんだから」

そう言うと、常連客は笑った。


「やってるかい」

別の常連客が暖簾を上げた。

「いらっしゃい。何にしましょう」

「それじゃ、かけ、一丁。頼むよ」

「あいよ。かけ一丁ね」

店主は、再び、蕎麦を一束、沸騰した鍋に入れた。

「今年も、蕎麦の季節が来たねぇ」

常連客は言った。店主が答える。

「今年も皆さんに来てもらえるよう、努めますよ」

店主は茹で上がった蕎麦を湯切る。

出し汁がかけられた蕎麦の椀に、刻み葱を乗せた。

「はいよ。かけ、お待ち」

店主は、かけ蕎麦の椀を常連客に差し出した。

「これこれ。この香り。一年ぶりだぁね」

そう言うと、常連客は蕎麦を啜るのだった。

「……美味ぇ……あんたの蕎麦は本当に美味いよ……」

「……ありがとうございます」

店主は頭を下げたのだった。


秋の夜風に吹かれて、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。

今年も蕎麦の季節が訪れた。


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