↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜鳴き蕎麦徒然草子  作者: いわん
第七部:文化十年、江戸日本橋。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
67/100

第六十七回:祝言

文化十年。秋は霜月の初め。江戸は日本橋。

橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」に灯りが付いていた。

提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。


「邪魔するよ」

八丁堀が暖簾を上げて入ってきた。

「あいよ。何にしましょう」

「今日は、天ぷらをもらおうかい」

「あいよ。天ぷら一丁ね」

店主は、いつものように蕎麦を湯へくぐらせた。

茹で上がった蕎麦を勢いよく湯切る。

出し汁がかけられた蕎麦の椀に、かき揚げが乗せられた。

「はいよ、天ぷら一丁」

店主は、天ぷら蕎麦を八丁堀に差し出した。

「……そういや、『新人』の同心さん、しばらく見かけませんねぇ……」

店主が独り言のように言った。

「あいつなら……しばらくはこねぇよ……」

八丁堀は蕎麦を啜ったのち、そう言った。

店主は尋ねた。

「……何か、あったんですかい……」

「悪いことじゃねぇ……あいつ、ついこないだ、祝言をあげたんでね。しばらくは、家に真っ直ぐ帰宅だろうよ」

そう言って、八丁堀は笑った。

「そいつは……めでてえことですなぁ」

店主も笑った。


数日後。夜更けすぎ。

「清吉」の暖簾が上がった。

「かけ一丁、お願いします」

新人同心だった。

「あいよ。かけ一丁ね」

店主は、蕎麦を一束、湯へくぐらせた。

湯切りの音が夜気へ弾ける。

出し汁の香りが、新人同心の鼻をくすぐる。新人同心はその香りに微笑んだ。

出し汁がかけられた蕎麦の椀に、刻み葱が乗せられた。

「はいよ、かけ一丁」

店主は、かけ蕎麦の椀を新人同心に差し出した。

新人同心は黙って椀を受け取った。

「……あぁ、美味しい……」

新人同心は、蕎麦を一口啜ると、そう言葉を漏らした。

「……いいんですかい、そんなこと言って……」

店主が告げた。

新人同心はキョトンとする。

「聞きましたぜ。祝言をあげられたって」

「……あぁ……そうですか……」

新人同心の言葉は沈んでいた。

「おや、不満があるんですかい?」

「……いや、そんなことはないんですが……」

新人同心は言葉を続ける。

「なんだか、家に帰っても、緊張するんですよ……向こうもなんか固くて……まだ、慣れません」

「ほうほう」

「……ここの方が、緊張がほぐれて、安心できるというか……疲れが取れる、というか……」

店主は答えた。

「旦那、それはダメでさぁ」

店主は言葉を続ける。

「旦那が歩み寄って奥方の緊張をほぐさなきゃ。奥方は、初めて家を出て、右も左もわからず緊張してるんでしょうに」

新人同心は店主の言葉に聞き入るのだった。

「……独り身のあっしでもわかる。夫婦ってのは、互いに歩み寄って寄り添うもんだってね」

「……そういうもんですかね……」

「そういうもんです。この蕎麦食ったら、さっさと帰宅しなさい。奥方に愛想尽かされても知りませんぜ!」

新人同心は慌てて蕎麦を食べ、そそくさと帰宅するのだった。


霜月の風が吹き、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。