第六十五回:夜の捕物
秋。江戸は日本橋。
橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」に灯りが付いていた。
提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。
その日の夜は、多くの「火盗」の提灯が揺れていた。
大勢の同心、岡っ引きたちが、日本橋の通りを走っていった。
「清吉」の店主はその中に、常連の八丁堀の姿を見た。
この夜は、あまりの騒ぎに、商売にならなかった。
店主は早々に屋台を畳んだ。
「……まぁ、こういう日もあらぁな……」
店主は帰り道で、そう呟くのだった。
翌日。夜。
夜鳴き蕎麦屋「清吉」に灯りが付いていた。いつも通りの夜だった。
八丁堀が暖簾を上げた。後ろには、中間、岡っ引きたちが控えていた。
「天ぷら、五つ。頼めるかい?」
八丁堀が言った。
「あいよ。天ぷら、五丁ね」
店主は、蕎麦を五束、湯へくぐらせた。
八丁堀は済まなそうに言った。
「……昨日の夜は、騒がせてすまなかったな……」
店主は答えた。
「……何言ってんですか……それが旦那の本分でしょうに」
八丁堀が言葉を継いだ。
「火付盗賊改方の旦那が、とある現場に踏み込んでな……まぁ、ちょっと相手が多かったんでね……昨日は、その援軍だったわけでな……」
店主は驚きの声を上げた。
「火盗改の旦那が出てくるたぁ、おおごとでしたね……」
八丁堀は告げる。
「おかげさんで、全員捕縛できたよ……」
「……それはよござんした。あっしも安心して商いができますぜ」
「……そう言ってくれると、ありがたいよ……」
店主は茹で上がった蕎麦を勢いよく湯切った。
出し汁がかけられた五つの蕎麦の椀に、それぞれ、かき揚げが乗せられた。
「はいよ、天ぷら、五丁」
店主は、天ぷら蕎麦の椀を五つ、台の上に置いた。
八丁堀は部下たち告げた。
「ほら。昨日の仕事の分だ……みんな食え」
中間たちはそれぞれ椀を手に取った。
一口、出し汁を啜る。
「……美味ぇ……」
岡っ引きが声を漏らした。
「……ゆっくり食え。捕物と違って蕎麦は逃げねぇ……」
八丁堀はそう言いつつ、自らも天ぷら蕎麦を啜るのだった。
日本橋の喧騒を消すかのような夜風に吹かれて、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。




