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夜鳴き蕎麦徒然草子  作者: いわん
第七部:文化十年、江戸日本橋。

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第六十四回:「富くじ」騒ぎ

初秋。江戸は日本橋。

橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」に灯りが付いていた。

提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。

夜ともなれば、人通りは少ない。荷上げの人足、同心の夜廻。昼の喧騒とは通る人も違っていた。

その「夜鳴き蕎麦屋」には、毎日のように常連客が訪れていた。


今日は早くから常連客が二人、入った。

それぞれ、かけ蕎麦を注文する。

店主は、蕎麦を二束、湯へくぐらせた。

「また外れやがった」

常連客の一人が愚痴った。

「……今度はどこのだい」

もう一人が尋ねた。

「湯島の天神さんさね……当らねぇから、今度は目黒のお不動さんにするかね……」

常連客が頭を捻った。

店主は黙って茹で上がった蕎麦を勢いよく湯切った。

出し汁がかけられた蕎麦の椀に、刻み葱を乗せた。

「気をつけな。一九も書いてたが、『当たったと思ったら組み違い』なんてなったら目も当てられねぇ」

常連客がそう忠告した。

「……それもそうだな……」

富くじ好きの常連客が呟いた。

「はいよ。かけ、お待ち」

店主は常連客二人に、かけ蕎麦を出した。

「天ぷらも食えなくなるほど、のめり込むのは危ないですぜ」

店主のその言葉に常連客は答えた。

「そこまでじゃねぇよ。流石にわきまえてらぁ」

「でも、一枚一朱でしょう?あっしにはとてもとても……怖い話ですぜ、『富くじ』は」

店主は常連客の言葉に、首を横に振るのだった。


「邪魔するよ」

八丁堀が暖簾を上げて入ってきた。

「かけ一丁、頼むよ」

「あいよ。かけ一丁ね」

店主は、いつものように蕎麦を湯へくぐらせた。

「旦那。『富くじ』ってどうなんですかい。当たりやすい所とか……」

常連客が八丁堀に尋ねた。

「……『影富』に手を出さなきゃ、俺は何も言わねぇよ」

八丁堀は告げた。

店主は茹で上がった蕎麦を勢いよく湯切る。

出し汁がかけられた蕎麦の椀に、刻み葱が乗せられた。

「はいよ、かけ一丁」

店主は、かけ蕎麦を八丁堀に差し出した。

「まぁ、『富くじ』は、お上公認だ。俺がとやかくいうことじゃねぇ……」

八丁堀は蕎麦を啜ったのち、そう言った。

「身上潰さなきゃ、好きにしたらいいんじゃねぇかね……」

その八丁堀の言葉に、常連客は首をすくめるのだった。


初秋の夜風に吹かれて、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。


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