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夜鳴き蕎麦徒然草子  作者: いわん
第七部:文化十年、江戸日本橋。

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第六十一回:文化十年。秋の始まり

文化十年。秋。江戸は日本橋。

橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」に灯りが付いていた。

提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。


「天ぷら、一丁」

常連客が暖簾を上げるなり注文した。

「あいよ。天ぷらね」

店主は、蕎麦を一束、湯へくぐらせた。

常連客は、その調理風景を眺めていた。

店主は黙って茹で上がった蕎麦を勢いよく湯切った。

出し汁がかけられた蕎麦の椀に、かき揚げを乗せた。

「天ぷら、すっかり板についたな」

常連客の言葉に、店主は軽くいなした。

「『天ぷら』はたまたまでさぁ。新しい品書なんて、そうそう浮かびませんて」

店主はそういうと、天ぷら蕎麦の椀を常連客に差し出した。


「邪魔するよ」

八丁堀が暖簾を上げて入ってきた。

「かけ一丁、頼むよ」

「あいよ。かけ一丁ね」

店主は、再び、蕎麦を一束、湯へくぐらせた。

茹で上がった蕎麦を勢いよく湯切る。

椀に開けた蕎麦に出し汁をかけ、刻み葱を乗せた。

「はいよ、かけ一丁」

店主は、かけ蕎麦を八丁堀に差し出した。

「今晩も、夜番で?」

店主の問いかけに八丁堀は頷いた。

「……ここしばらく、ちょくちょくあってね。しばらくはこの辺りの夜も厳しめさ。気ぃつけなよ」

八丁堀はそう告げると、ゆっくりと蕎麦を啜った。


秋の夜風に吹かれて、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。

今年も蕎麦の季節が訪れた。


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