第五十九回:いつもの冬の日
江戸は日本橋。冬。
橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」があった。
提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。
夜半から雪が降り始めた。
客足が止まった。
人の往来も、足早になっていた。
――こりゃ積もりそうだな……今日は早仕舞いにするか……
店主は夜空を見上げながら、そう考えた。
「まだ、やってるかい」
一見客が飛び込んできた。
「あいよ。何にしましょう」
「何があるんでい」
「かけ、花巻、天ぷらでさぁ」
「あったまるもんならなんでもいいよ」
「じゃあ、天ぷらにしますか。二十四文でさ」
「……ん?ここにゃ三十二って書いてるぜ?」
一見客は品書きを指差した。
「……今日は早仕舞いしようと思ってたんでね……捨てちまうよりは食ってもらったほうがマシなんで」
「そいつはすまねぇな……じゃあ、天ぷら、お願いするよ」
「あいよ。天ぷらね」
店主は、蕎麦を一束、茹で始めた。
茹で上がった蕎麦を湯切りする。
椀に蕎麦を開け、出し汁をかけた。心地良い香りがあたりに漂った。
そして、蕎麦の椀にかき揚げを乗せた。
「はいよ。天ぷら。お待ちどう」
一見客の前に、天ぷら蕎麦が差し出された。
「……こいつは美味そうだ。じゃ、馳走になるよ」
一見客は蕎麦を啜り始めた。
「……美味ぇ……出し汁が染みる……」
一見客は満足げだった。
「ご馳走さん」
そう言って、一見客は三十二文を置いた。
「……お客さん、二十四文で結構ですぜ……」
「いいから取っときなって。それじゃ、また寄らせてもらうよ」
一見客は暖簾を上げて帰っていった。
日本橋の通りには、雪が積もり始めていた。
店主は店仕舞いを始めるのだった。
江戸の冬風に吹かれて、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。




