第五十八回:さつまいもの天ぷら
初冬。江戸は日本橋。
橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」に灯りが付いていた。
提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。
その店主は、昼に蕎麦の仕込みを終えると、天ぷらを買いに、馴染みの天ぷら屋へ足を運んだ。
天ぷら屋は店主に告げた。
「今日は変わり種を試してみないかい?」
店主は聞き返した。
「変わり種?一体なんだい?」
「衣かけ芋さ」
「衣かけ芋?芋の天ぷらかい」
天ぷら屋は説明をする。
「さつまいもと生姜のかき揚げさね。試してみないかい?」
店主は答えた。
「試しって……銭は取るんだろ」
天ぷら屋は頷いた。
「そりゃもちろん」
店主は半ば呆れ顔だった。
「……ほらよ、四文。いただくぜ」
天ぷら屋はニヤリと笑って四文を受け取った。
「はいよ。熱いから気をつけな」
店主は衣かけ芋を食べた。口の中でじっくりと吟味する。
「こいつは……うーん……どうだろう……」
店主は唸った。単品では間違いなく美味い。ただ、蕎麦に乗せて合うかどうかは別だった。
天ぷら屋は困り顔になった。
「……ダメかね?」
「……物は試しだ。とりあえず、五つ、くれ。あと、いつものも」
店主はそう告げたのだった。
その日の夜。日本橋の袂の夜鳴き蕎麦屋「清吉」。
訪れた二人の常連客に店主は告げた。
「ちぃと試してもらいたいものがあるんですが……お代は、かけの分だけで結構ですんで、食べてみてもらえませんか?」
一人が答えた。
「あんたがそう言うなら、構わんけど」
もう一人も答えた。
「そりゃもう、是非」
「ありがとうございます」
店主は頭を下げた。
店主は、蕎麦を二束、茹で始めた。
茹で上がった蕎麦を湯切りする。
椀に蕎麦を開け、出し汁をかけた。心地良い香りがあたりに漂った。
そして、蕎麦の椀にさつまいものかき揚げを乗せた。
「はいよ。お待ちどう」
二人の常連客の前に、さつまいものかき揚げ蕎麦が差し出された。
一人が言った。
「こりゃ、いつもの天ぷらじゃないね。香りが違う」
「甘い香りですなぁ」
そうして、二人は食べ始めた。
評価は真っ二つに分かれた。
「悪くはないが……芋の甘さが出し汁と喧嘩してる。いつもの天ぷらの方が、俺は好きだね」
「いやいや。この甘じょっぱさがいい。俺は好きだよ、これ」
店主は悩んだ。
そこに、八丁堀が暖簾を上げて入ってきた。
店主の悩む姿を見て口を開いた。
「……何があったんだい?」
「旦那。実はですね……」
店主から事の経緯を聞いた八丁堀は頷いた。
「わかった。俺が決めてやる。俺にもそいつをくれ」
その言葉を受け、店主は、蕎麦を茹で始めた。
数分後。
八丁堀の前に、さつまいものかき揚げ蕎麦が差し出された。
出し汁が染みたさつまいものかき揚げを、八丁堀が食う。
「……」
八丁堀は無言だった。
蕎麦を啜り、出し汁を飲む。
店主も、二人の常連客も、固唾を飲んで見守った。
八丁堀は、出し汁も飲み干し、完食した。
そして、口を開いた。
「これは……ちょっと合わねぇな……」
常連客の一人が言った。
「旦那、汁まで全部飲んで、それですかい……」
「すまねぇ、腹が減ってたもんでな」
八丁堀は笑った。
常連客は帰って行った。八丁堀だけが残った。
「こいつは失敗でしたねぇ……残りは明日の朝にでも食べますわ……」
店主が頭を掻いた。
「……まぁ、お前さんも人の子、ってことだ。安心したよ」
八丁堀は再び笑った。
初冬の夜風に吹かれて、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。




