第五十四回:魚河岸の寿司屋台。
秋。江戸は日本橋魚河岸。そこには多くの寿司の屋台があった。
八丁堀は岡っ引きたちを引き連れ、魚河岸を見回っていた。
「邪魔するよ」
八丁堀は、一つの寿司屋台を訪れた。
「……ついこの間、そこの屋台で食当たりが出たろう。お前んところは大丈夫か?」
寿司屋台の主人は答えた。
「うちは大丈夫ですよ。なんなら、食べてっても構わんですぜ、旦那」
「……いや、そこまでしなくていい。気をつけてくれよな」
そうして、八丁堀は次の寿司屋台に向かった。
「おい」と次の寿司屋台の主人に声をかけようとした時。
そこに「清吉」の店主がいた。
「……清吉の。なんでこんなところに……」
「……なんでって……寿司を食いにきたに決まってるじゃないですか、旦那」
その手にはコハダの寿司があった。
「……それもそうだな……」
「八丁堀の旦那も昼飯に寿司ですかい?」
そう言いながら、店主はコハダの寿司を頬張った。
「そうなら気楽なんだがな……見廻りだよ。ついこの間、そこの寿司屋台で食当たりが出たんでね」
「……食当たりで旦那が見廻り……???」
店主は首を傾げた。
「……まぁ、そういうこともあるんだ。行くぞ!」
そう言い残して、八丁堀は部下と一緒に去っていった。
その日の夜。江戸は日本橋。
橋の袂の夜鳴き蕎麦屋「清吉」。提灯に灯りが付いていた。
八丁堀がその暖簾を上げた。
「いらっしゃい……って、旦那ですかい」
八丁堀の顔は疲れていた。
「かけ……いや、花巻を頼む……」
「あいよ。花巻一丁ね」
店主は、蕎麦を一束、茹で始めた。
「……旦那。随分疲れてますね……」
「昼に見廻り、さっきまで詮議書書きだ。疲れもするさ……」
「……さいですか……」
「とある武家の使用人が食当たりで死んでな。それで御達が来たのよ。『魚河岸の寿司屋台を検分せよ』ってな」
「お武家さんの使用人が、ですか」
店主は茹で上がった蕎麦を湯切りした。
八丁堀の愚痴は止まらない。
「……随分と可愛がられてたみたいでなぁ。主人の嘆きっぷりったら、そりゃ酷かったらしい」
「ほほう」
「で、そこから、寿司屋台の検分の御達さ。とんだとばっちりだよ……」
店主は黙って椀に蕎麦を開け、出し汁をかけた。
蕎麦の椀にちぎった海苔を乗せた。
「はいよ。花巻、お待ち」
店主は花巻蕎麦を八丁堀に差し出した。
八丁堀は、蕎麦の椀を受け取る。
「本当に、今日は疲れたぜ……」
八丁堀は出し汁を啜った。
「カァーッ……出し汁が五臓六腑に染み渡る……」
そうして、八丁堀は蕎麦を啜るのだった。
秋の夜風に吹かれて、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。




