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夜鳴き蕎麦徒然草子  作者: いわん
第六部:文化九年、江戸日本橋。

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第五十二回:新しい部下たち

江戸は日本橋。

橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」があった。

提灯に書かれている屋号は「清吉」と書いてあった。

店主は、提灯に灯を灯し、暖簾を出した。夜鳴き蕎麦屋が暖簾を出すのは珍しかった。

暖簾には「二八」と書いてあった。


屋台には、狭いながらも台があった。二人分くらいなら、蕎麦の椀が乗せられた。

台に乗せて蕎麦を食う者、椀を持って暖簾の外で立って食う者。食べ方は人それぞれだった。

八丁堀は、主に前者だった。


「邪魔するよ」

八丁堀が暖簾を上げた。

「おや、旦那。今日は何にしましょう」

「かけを四つ、頼む」

店主は、八丁堀の後ろを見た。男が四人いた。八丁堀の部下たちだった。

「……旦那を入れて五人じゃないですか……」

「……俺の分はいい。こいつらに食わしてやってくれ」

八丁堀は、引き連れていた中間たちを顎で指した。

「あいよ。かけ四つね」

店主は、慣れた手つきで四人分の蕎麦を湯へくぐらせた。

湯切りの音が夜気へ弾ける。

出し汁の香りが、中間たちの鼻をくすぐった。

店主は、四つの椀を台に乗せ、それぞれに刻み葱を乗せた。

「はいよ。かけ四つ。お待ちどう」

しかし、中間たちは、誰も動かなかった。

八丁堀が促す。

「蕎麦ができたんだ。遠慮なく食え。代金は俺持ちだ。心配すんな」

その言葉で、ようやく、中間たちは蕎麦を手に取り、啜り始めた。

「……あったけぇ……出し汁が染みる……」

中間のその言葉に、八丁堀は安堵の表情を浮かべるのだった。


翌日。

八丁堀が暖簾を上げた。今日は一人だった。

「天ぷら、頼むよ」

「あいよ。天ぷらね」

店主は、いつもの調子で、蕎麦を湯へくぐらせた。

湯切りの音が夜気へ弾ける。

出し汁の香りが、八丁堀の鼻をくすぐった。

店主は、出し汁を注いだ蕎麦の椀に、かき揚げを乗せた。

「はいよ。天ぷら。お待ちどう」

八丁堀は箸を取り、蕎麦を啜った。

「……出し汁、今日もいい塩梅だ……」

「そいつは何よりで……」

八丁堀は天ぷら蕎麦を食べ終えた。その表情は満足げだった。

「……昨日はすまなかったな……」

八丁堀は口を開いた。

「……岡っ引きと中間が引退してな。昨日は、代わりの『新人』だったんでな」

「……あぁ、それで」

店主は昨日の四人を思い出していた。確かに見慣れない顔がいた。

「昨日は、そいつらの教育だぁなぁ。初めての夜廻りで、ガチガチだったんでな」

「さいですか」

「ま、使えようになるまでは、しばらくかかりそうだがね」

八丁堀は笑うのだった。


八丁堀の笑い声に呼応するように、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。


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