↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜鳴き蕎麦徒然草子  作者: いわん
第六部:文化九年、江戸日本橋。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
51/99

第五十一回:戻ってきた「花巻」

文化九年。秋。江戸は日本橋。

橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」に灯りが付いていた。

提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。

夜ともなれば、人通りは少ない。荷上げの人足、同心の夜廻。昼の喧騒とは通る人も違っていた。


常連客が暖簾を上げた。品書きを見る。

「お、花巻が……海苔が戻っていたのかい」

店主は答えた。安堵の表情だった。

「ようやく入ったんですよ」

「待たせたねぇ。で、天ぷらはどうするんだい」

「続けますぜ。その代わり、しっぽくは今日まででさ」

「……それは、寂しくなるねぇ」

「天ぷらが出るようになってから、誰も頼まなくなりまして」

「天ぷら、美味ぇもんな……そいじゃ、今日は、最後のしっぽくにするかね」

「あいよ。しっぽく一丁ね」

店主は、慣れた手つきで蕎麦を湯へくぐらせた。

湯切りの音が夜気へ弾ける。

出し汁の香りが、客の鼻をくすぐる。

出し汁がかけられた蕎麦の椀に、蒲鉾と麩が二つずつ乗せられた。刻み葱も乗せられる。

「はいよ、しっぽく一丁」

店主は、しっぽく蕎麦の椀を差し出した。


「お、花巻があるのかい」

常連客と入れ替わるように、八丁堀が暖簾を上げて入ってきた。

「ようやく問屋に入りましてね」

「それじゃ、今日は花巻にするか」

「あいよ。花巻一丁」

店主は手早く蕎麦を湯へくぐらせる。

出し汁を蕎麦の椀にかけ、ちぎった海苔を乗せた。

海苔の香りが、八丁堀の鼻をくすぐる。

「はいよ、花巻一丁」

店主は、花巻蕎麦の椀を八丁堀の前に出した。

「久しぶりの花巻だねぇ……いただくよ」

八丁堀は椀を口元まで持ち上げる。

湯気と一緒に立ち上る海苔の香りに、思わず目を細めた。

「……これだ」

八丁堀は満足げに蕎麦を啜るのだった。


湯気に乗って流れる海苔の香りは、二年ぶりに日本橋の夜へ戻ってきていた。


屋台の風鈴がチリリンと鳴った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。