第五回:夜鷹蕎麦の噂話
江戸の夜更け時刻。日本橋の袂。
夜鳴き蕎麦屋「清吉」の提灯に灯りが灯った。
今日は、風が冷たい。いつもより早くに、客が訪れていた。
「かけ、頼むよ」暖簾が上がり、いつもの客が入ってきた。
「はいよ、かけ一丁」
店主は黙々と、蕎麦を作り始める。
「……こうも寒いと、あったけえぇ蕎麦が身に染みるねぇ。店主さんよ、今日の売り上げはどんなもんだい?」
「皆さんに、ご贔屓にしてもらって、ありがたい話でさぁ」
茹で上がった蕎麦を椀に開ける。出し汁をかけ、刻み葱を乗せた。
「あいよ、かけ一丁」
「おう。これこれ。いつも、ありがたいこってぇ」
七味をトントントンとかけると、美味そうに蕎麦を啜るのだった。
食べ終えて、客は、店主に話しかけた。
「そういや、ここ最近、近くに夜鷹蕎麦が出てるが、ありゃ、どんなもんなんだい?」
「さぁて」店主は答えた。「あっしは、気にせず、ここで蕎麦を売るだけでさぁね」
「かけが十文らしいぜ、大丈夫かい?」
客が店主に声をかける。
「夜鷹は夜鷹で、腹をごまかすには悪くねぇんだがねぇ」
「まぁ、そういうご時世なんでしょうねぇ」店主は淡々と答えるのだった。
一見の客がやってきた。この店では珍しいことではなかった。
「かけ、いくらだい?」客は店主に問いかけた。
「かけは十六文でさぁね」店主は答える。
「向こうの夜鷹は十文だったぜ、ここは二八かい」
客が愚痴をこぼした。
「……夜鷹も悪くないでしょう。無理してうちに来なくてもいいんですぜ?」
店主は、その客にかけ蕎麦を出した。
「あいよ、かけ一丁」
「……さて、お手並み拝見、といきますか」客は、椀を受け取ると、七味をかけ、蕎麦を啜る。
客は、無言で、蕎麦を啜り続けた。
「……」
風鈴が、夜風に吹かれてチリリン、となった。
完食だった。客はバツが悪そうに、何も言わず、十六文置いて去っていった。
「今後とも、ご贔屓に」
店主は、客の背中に、そう言葉をかけるのだった。




