第四回:二人の祝い事
夜。日本橋の袂。
夜鳴き蕎麦屋の提灯に灯りが灯った。そこには「清吉」と書かれてあった。
開けたばかりの店。まだ客が来るような時刻ではなかった。
夜更けにはまだ早い。人の往来も、まだ多かった。
そんな時刻に、老夫婦と思しき二人連れがやってきた。
「……店主さん、すまんのじゃが」夫らしき人物が、店主に尋ねる。
「二人で、一杯だけ頼む、ってのは……大丈夫ですかの?」
「……お代さえ払ってもらえりゃ、結構ですぜ」店主は答えた。
「それは、ありがたい、ありがたい。では、しっぽくをいただけるかい?」夫が注文した。
「はいよ、しっぽく一丁ね」
店主は、蕎麦を茹で始めた。一束半、茹でる。
「店主さん、実はめでたいことがあってね」老夫婦の妻の方が話しかけてきた。
店主は黙って聞いていた。
「息子が、奉公先で、褒められましてね。嬉しそうに報告しにきてくれたんですよ」
「それで、ささやかながらに、祝おうと思いまして」夫の方が言葉を継いだ。
老夫婦は、二人とも、我が事のように、互いを見ては微笑んでいた。
「……さいですか」
店主は黙々としっぽくを作る。
茹で上がった蕎麦を、椀に開け、出し汁を注いだ。蒲鉾とお麩を二つずつ乗せ、刻み葱を置いた。
「あいよ。お待たせ。しっぽく一丁」
店主が、しっぽくの椀を老夫婦に差し出す。
「……店主さん、こりゃ、ちょっと多くないかね?」老夫婦のうち、夫の方が店主に尋ねた。
「これが、うちのしっぽくでさぁね」店主は淡々と答えた。「さっさと食いな」
「……では、お言葉に甘えて……椀をもう一つくださらんか」
店主は黙って、椀をもう一つ差し出した。妻の方が受け取った。
夫が、しっぽくを半分、妻の椀へと移していく。蒲鉾も、お麩も、互いに一つずつ。
「……すまんねぇ。気ぃ遣わせてしまって……」夫が店主に向かって言った。
「……ごたくはいいから、さっさと食べちまいな」
店主は、いつものようにぶっきらぼうに答えるのだった。
老夫婦は、ゆっくりとしっぽくを味わっていた。
吊るしてある風鈴が、チリリンと鳴った。




