第四十六回:天ぷら蕎麦の「具」
秋も深まった頃。江戸は日本橋。
橋の袂の「夜鳴き蕎麦屋」。屋号は「清吉」。
その店主は今日の分の蕎麦を打ち終えると、蕎麦の具材を仕入れに行った。
馴染みの天ぷら屋へと顔を出す。
天ぷら屋は店主に告げた。
「今日は、芝エビのかき揚げは終いだ」
店主は驚いた。
「そいつは困る。具なしじゃ『天ぷら蕎麦』は作れねぇ」
天ぷら屋は尋ねた。
「芝エビ以外じゃだめかい?」
店主は答える。
「いいもんだったら、かまいやしねぇが……何があるんだい」
「ちと早いが、青柳の貝柱、なんてのはどうだい」
「……味見してもいいかね?」
天ぷら屋は青柳の貝柱のかき揚げを店主に差し出した。
「ほらよ。四文な」
店主は毒づいた。
「銭は取るのかい……はいよ、四文だ」
店主は、青柳の貝柱のかき揚げを食べた。
自分の蕎麦に合うか、確かめるように咀嚼する。
そして飲み込んだ。店主は頷いた。
「……うむ。これも悪くねぇな……」
天ぷら屋は告げた。
「今日はこいつならあるぜ。買ってくかい?」
店主は頷いた。
「あぁ、今日はこいつで頼む。いつもの量をくれ」
「毎度ありぃ」
天ぷら屋は、青柳の貝柱のかき揚げを揚げはじめた。
その日の夜。江戸は日本橋。夜鳴き蕎麦「清吉」。
常連客が店主に尋ねた。
「今日は芝エビじゃないのかい」
店主はぶっきらぼうに答えた。
「天ぷら屋に芝エビがなかったんでね。今日は青柳の貝柱で」
「……わかった。そいつをもらおうか」
常連客が「青柳の貝柱の天ぷら蕎麦」を注文した。
店主は、蕎麦を一束、茹で始めた。
茹で上がった蕎麦の湯切り音が客の耳に届く。
湯気とともに出し汁の香りが鼻をくすぐる。
出し汁がかけられた蕎麦の椀に、青柳の貝柱のかき揚げが乗せられた。
かき揚げに出し汁がじんわりと染みていく。
「あいよ、天ぷら一丁」
店主は、天ぷら蕎麦の椀を差し出した。
常連客が天ぷらを食べて、目を見開いた。
「……これも美味いねぇ。もしかして、どんな天ぷらも蕎麦に合うのか……」
続いて注文した八丁堀も頷いた。
「青柳の貝柱も悪くねぇな……これも、いい塩梅だ……」
「……仕入れ次第で天ぷらの具材はこれからも変わるかもしれません。ですが、これからもご贔屓に」
店主は常連客にそう告げるのだった。
秋の深まりを告げるように、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。




