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夜鳴き蕎麦徒然草子  作者: いわん
第四部:文化七年、江戸日本橋。

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第三十五回:芝エビのかき揚げ

江戸は日本橋。橋の袂の「夜鳴き蕎麦屋」。屋号は「清吉」。

その店主は悩んでいた。


海苔が手に入らない。花巻が出せない。

何かいい案はないか、と四文屋を巡っていた。

田楽、味噌こんにゃく、芋の煮っ転がし。

しかし、どれも「蕎麦の具」には合わない。

店主は、以前出した「茄子の天ぷら」を思い出した。

――天ぷらなら、使えるかもしれん。

店主は天ぷら屋へ向かった。

揚げたての天ぷらのごま油の香りが店主の鼻をくすぐる。

店主は事情を天ぷら屋台の親父に話した。安い天ぷらが欲しい、と。

天ぷら屋台の親父は答えた。

「芝エビなら安く入ったぜ。流石に普段の海苔より安くはねぇが」

店主は頷いた。背に腹は変えられない。

「そいつを揚げてくれねぇか」

天ぷら屋は驚いた表情になった。

「金さえ払えば揚げるけどよ……蕎麦屋が天ぷら?美味いのか?」

店主は答えた。

「食えないことはねぇだろうよ」

店主の言葉を受け、天ぷら屋台の親父は、芝エビをかき揚げで揚げ始めた。

パチパチと小気味良い音が、店主の耳に聞こえてきた。


その日の夜。江戸は日本橋。夜鳴き蕎麦「清吉」。

訪れた常連客が驚いていた。

品書きに「天ぷら蕎麦:三十二文」と書かれていた。

「花巻じゃねぇのか。しかも、花巻より高い……」

店主はぶっきらぼうに答えた。

「海苔がねぇんでさぁ。今日は代わりに天ぷらで」

「……物は試しだな。そいつをもらおうか」

一人の常連客が物珍しさから「天ぷら蕎麦」を注文した。

店主は、蕎麦を一束、茹で始めた。

茹で上がった蕎麦の湯切り音が、客の耳に届く。

出し汁の香りが、客の鼻をくすぐる。

出し汁がかけられた蕎麦の椀に、芝エビのかき揚げが乗せられた。

かき揚げに出し汁がじんわりと染みていく。

「あいよ、天ぷら一丁」

店主は、天ぷら蕎麦の椀を差し出した。

常連客が食べて目を見開いた。

「……これは美味い。美味いじゃないか」

続いて注文した八丁堀も頷いた。

「茄子も美味かったが、芝エビも悪くねぇな……」

その言葉に釣られて、客たちは「天ぷら蕎麦」を注文し始めた。

店主は黙々と蕎麦を茹でていく。

客たちは皆「天ぷら蕎麦」に夢中になった。

その日、早々に「天ぷら蕎麦」は終いになった。客は皆、満足げだった。

――明日も準備するか。今日より少し多めに。

店主はそう思うのだった。


客の喧騒に合わせるように、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。


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