第三十三回:夏の荷運び
季節は戻り、文化七年、夏。
夕暮れの神田川沿い。四文屋が多く並ぶその場所は、多くの人で混んでいた。
「お、清吉の」
その声に店主が振り向くと、八丁堀がそこにいた。
「こりゃ旦那。どうしました」
店主は田楽をつまみに酒を飲んでいるところだった。
「どうしたって……そりゃこっちの台詞だ」
そう言って八丁堀は、店主の隣――同じ床机に腰掛けた。
「こっちにも、四文小半と……芋の煮っ転がしを頼む」八丁堀は四文屋に声をかけた。
「旦那、お勤め中じゃないんですかい」店主が尋ねた。
「……明けて帰る途中だよ。問題ない。で、お前さんは何してるんだ。蕎麦も打たずに」
「見ての通りですよ。夏場は蕎麦も痛むんで、お休みでさぁ」
「……働きもせず酒三昧か」
「ちゃんと日銭は稼いでますよ、旦那」
「……何してんだ」
「どうにも、旦那は調べたがる癖がありますなぁ……ここしばらくは荷上げでさぁ。悪事には手を染めてませんて」
そうして店主は笑った。夜鳴き蕎麦の時には見せない笑顔だった。
八丁堀は頭を下げた。
「すまねぇ……どうにも、これは性分みたいなもんでな……」
「まぁ、旦那はそうでないとね」
そう言って、店主は陽気にお猪口を傾けるのだった。
八丁堀の前に、酒とつまみが運ばれた。
八丁堀は、徳利を手に取ると、店主へ向けた。
「……どうしたんですか?」
「……さっきの詫びだ。いいから受けろ」
「詫びるようなことじゃないですよ……でも、まぁ、馳走に預かりますか」
そう言って、店主はお猪口で酒を受けるのだった。
二人を見送るように、四文屋の風鈴がチリリンと鳴った。




