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第三十回:変わらぬ味
冬。江戸は日本橋。夜半の橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」に灯りが付いていた。
提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。
文化六年も終わる頃。
一年を通して来た常連が言う。
「今年も世の中はいろいろあったな」
店主は答えた。
「そうでしたかね」
店主はいつも通りに蕎麦を茹でた。
出し汁の香りがあたりに漂う。
八丁堀が言う。
「……お前さんは変わらねぇな」
店主はぶっきらぼうに答えた。
「あっしは、ただの蕎麦屋ですから」
店主は八丁堀にかけ蕎麦を出した。
「変わらないのが、あっしには一番でさぁね」
「……そいつは、そうだな」
八丁堀はかけ蕎麦を啜った。
いつも通りの出汁の香りが、八丁堀の鼻腔をくすぐった。
今日最後の客が、蕎麦を食べ終え、暖簾をくぐった。
「ご馳走さん」
「また、ご贔屓に」
店主はいつも通りに答えた。
いつも通り、いつも通りの風景だった。
夜風に吹かれて、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。
文化六年が暮れようとしていた。
<了>




