第二十八回:雪宿り
江戸は日本橋。夜半の橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」に灯りが付いていた。
提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。
夜半。突然の雪。
夜道を急ぐ人々が、屋台の軒先へ集まる。まだ、積もるほどではない軽い雪だった。
しかし、にわかにその勢いを増していた。
ちょっと、歩いて帰るには、難儀な雪模様だった。
それを見て、夜鳴き蕎麦の軒先に逃げてきた男女が三人ほど。
「すまねぇな。こんな塩梅なんで、軒先借りるぜ」
「……構いませんよ……」
店主は答えた。
宿客は、誰も蕎麦を注文しない。
ただ雪宿りをしているだけ。
店主は「注文してけ」とも言わない。
ただ、何も言わず、火鉢を少し前へ出した。
しばらくして、雪の加減が落ち着いてきた。
まだ、降ってはいるが、さっきよりはだいぶマシになっていた。
宿客の一人が口を開いた。
「せっかくだ。一杯もらおう。かけ、頼むよ」
すると次々に、注文が入った。
「俺も」
「じゃあ私も」
店主は、何にも言わず、蕎麦を茹で始めた。
宿客の鼻に、茹でた蕎麦の香りが届く。出し汁の香りが鼻をくすぐる。
──なんで俺は蕎麦を頼まなかったのだろう。
宿客の一人はそう思った。
皆の前にかけ蕎麦が出される。
その香りと暖かさに、宿客は夢中になって蕎麦を啜るのだった。
宿客が蕎麦を食べ終えた頃、雪が止んだ。積もるほどではなかった。
「ご馳走さん」
皆、礼だけ言って去った。
店主は軽く雪が積もった暖簾を払うのだった。
雪風に吹かれて、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。




