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夜鳴き蕎麦徒然草子  作者: いわん
第三部:文化六年、江戸日本橋。

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第二十七回:一文の「借り」

江戸は日本橋。夜半の橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」に灯りが付いていた。

提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。


いまだに物価高騰が収まらない昨今。

ある客が、

「今日は十五文しかねぇ」

と困っていた。

あと一文足りない。

客は、店主を見た。

店主は、ただただ黙って蕎麦の準備をしていた。何も言わなかった。

すると隣の常連が、黙って一文を男の前に置いた。

「今度、酒でも奢れ」

それだけを男に告げた。

「一文で『酒を奢れ』たぁ、そっちの方が高くつくじゃねぇか」

「じゃあ、いらんのか?」

「……借りとく。すまねぇな……」

店主は二人にかけ蕎麦を出すのだった。


数日後。

「店主、あいつは来なかったかい?」

男はかけ蕎麦を注文すると同時に、店主へ声をかけた。

店主は答えた。

「ここしばらく、見ませんねぇ」

「俺の一文、預っちゃくれねぇか?」

男は店主へ声をかけた。

「……旦那自身の手で返してくださいよ」

店主は答え、男へかけ蕎麦を出すのだった。

「……そうか……そうだよな……」

男は独り言を呟きながら、蕎麦を啜るのだった。


夜風に吹かれて、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。


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