第二十五回:初手柄
秋。江戸は日本橋。夜半の橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」に灯りが付いていた。
提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。
久しぶりに八丁堀が、あの新人同心を連れてきた。
しかし今回は様子が違った。
新人は以前より少し落ち着いている。その顔は誇らしげだった。
店主は思わず口にした。
「今日は随分と顔つきが違いますね」
八丁堀が笑った。
「こいつな、ようやっと初手柄を立てやがった」
新人は照れ臭そうに笑った。
「自分一人の力じゃありません」
なんでも、こういうことだった。
町人が不審者を知らせ、岡っ引が追い、先輩同心が捕らえた。
新人同心の声は恥ずかしげだった。
「自分は最後に縄を掛けただけです」
八丁堀は笑った。
「それでも初手柄は初手柄だ」
店主は言った。
「じゃあ、今日は祝いのしっぽく、ですね」
しっぽくを二つ作りはじめる店主。
新人は言った。
「今日は、かけで十分です」
店主は答えた。
「せっかくの祝い事に、かけじゃ野暮でしょう」
蕎麦を二束茹で、椀に開ける。
椀に蒲鉾と麩を乗せ、海苔を散らした。
「あっ、海苔はしっぽくには……」
新人同心の声に店主は答えた。
「祝いの刻み海苔でさぁ、気にしない、気にしない」
新人は言った。
「でも……」
八丁堀が笑った。
「店主の好意だ。今日は黙って食え」
新人は嬉しそうに頭を下げる。
八丁堀と新人同心は、しっぽくを美味しそうに啜るのだった。
湯気の向こうで店主は微笑んでいた。
帰り際。
店主が声をかけた。
「旦那」
新人が振り返る。
「次も、その顔で来てくださいよ」
新人は笑って、
「はい」
と答えた。
夜風に吹かれて、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。




