第二十三回:上方の立ち食いうどん
江戸は日本橋。夜半の橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」に灯りが付いていた。
提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。
「やっておますか」
上方訛りの声が聞こえた。
「はいよ。何にしましょう」
店主は答えた。
そこに立っていたのは、いつぞや、八丁堀に連れられてきた上方の客だった。
「かけ蕎麦、たのんます」
「はいよ。かけ一丁ね」
店主は蕎麦を一束、茹で始めた。
蕎麦の香りが上方商人の鼻をくすぐる。
上方商人は、
「大坂じゃ立ったままうどん食う店がありますねん」
と話す。
江戸の常連は、笑った。
「上方もそんな落ち着かねぇ飯を食うのかい。『江戸っ子は忙しない』って茶化すのに」
上方商人は、答えた。
「夜中に橋の袂で蕎麦食う方の大概でおます」
客は言い返した。
「で、そういう旦那は、なんで、この夜鳴き蕎麦に?」
上方商人は言葉に詰まった。
「……美味いからに決まってるやろ……」
客は笑った。
「そうかい、そうかい。ここの蕎麦は上方の旦那もお気に入りってことですかい」
常連客の言葉に、上方商人は、耳まで真っ赤になった。
茹で上がった蕎麦の湯切り音。出し汁の香り。それらが上方商人に届く。
出し汁がかけられた蕎麦の椀に、刻み葱が乗せられた。
「あいよ、かけ、おまちどう」
店主は、上方商人にかけ蕎麦を出した。
上方商人は、椀を覗き込み、香りを嗅ぐ。
そして、破顔した。
「これやこれや。上方とは違う、この感じ……!」
上方商人は箸を取ると、嬉しそうに蕎麦を啜るのだった。
一生懸命に蕎麦を啜る上方商人の姿に、客も微笑むのだった。
夜風に吹かれて、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。




