第十六回:夜鷹の一杯
江戸は日本橋。
橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」に灯りが付いていた。
提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。
夕方に開けてから夜半過ぎ。今日はかけ蕎麦がよく出た日だった。
花巻としっぽくの具材が余っていた。
――まぁ、こういう日もあるか……
店主は今日は終いにしようと考えた。
「……まだ、やってますか」
店主が振り向くと、見目麗しい女性と――屈強な男が立っていた。一見客だった。
「はいよ。何にしましょう」
「……では、しっぽくを」
男の眉が少し上がった。しかし、男は何も言わなかった。
「はい、しっぽくと――そちらの旦那は何にしましょう?」
店主は、屋台の外で立っている男に声をかけた。
「……俺はいい。そいつに食わせてやってくれ……」
「さいですか」
店主はそういうと、蕎麦を茹で始めた。
二人は何も話さなかった。
店主もそれ以上、何も話さなかった。
椀に出汁を注ぎ、蒲鉾と麩を二個ずつ置き、海苔を散らした。
「あいよ、しっぽく」
店主はしっぽくを差し出した。
女性は黙ってしっぽくを啜り始めた。
男は背後で、その様子を見ていた。
女性はしっぽくを食べ終えた。
「……いくらだい?」
男が聞いた。
「しっぽくは……二十四文で」
「……ここにゃ三十二文って書いてるが?」
「今日余った具材で作ったんで。二十四文で結構でさ」
「……すまねぇな……」
男は二十四文を置いた。
女性は店主に頭を下げると、男と共に屋台から去っていった。
二人を見送るように、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。
店主が、その二人を見かけることは二度と無かった。




