表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜鳴き蕎麦徒然草子  作者: いわん
第ニ部:文化五年、江戸日本橋。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/27

第十五回:虫の声

秋も深まった夜。

江戸は日本橋。

橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」に灯りが付いていた。

提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。

日本橋を渡る風が少し冷たい時間だった。

客足がちょうど途切れた頃、静かに暖簾が上がった。

屋台に来たのは初見の男。

男は無口だった。

「……何にしましょう?」

店主が尋ねた。

「……じゃあ、花巻を」

そういうと、男はまた黙った。

店主は何も言わず蕎麦を一束茹でた。

椀に出汁を注ぎ、海苔を散らす。

「あいよ。花巻。お待ちどうさん」

店主は男の前に椀を置いた。

しかし、男は、花巻蕎麦を前にしても箸を手に取らない。

黙って花巻蕎麦を見つめていた。

「……どうしました。うちの蕎麦に問題でも……」店主が尋ねた。

「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ」

男は首を振った。

「実はな……うちの倅が奉公に出るんだ」

祝い事のはずなのに寂しい。男は零した。

親ってそういうもんだ。わがままなもんだね。せっかくの門出だってのに。

店主は何も言わなかった。

ただ、出した花巻から海苔の香りが立っていた。

「そういや」

男が言う。

「昔は、あいつ、蕎麦、すすれなかったな」

男は、ぽつりぽつりと、倅との思い出を話し始めた。

どこかで虫が鳴いていた。

男は空を見上げた。

「……大丈夫ですかね」

「何のことでさぁ」店主は言った。

「……うちの倅ですよ」

店主は片付けをしながら答える。

「腹が減ったら飯を食います」

「寒けりゃ着込みます」

「人ってのは、案外そういうもんですよ」

その言葉に、男は笑った。

「違ぇねぇ」

男は、花巻代を置いていった。

夜風が吹く。

花巻の海苔の匂いだけが残った。


夜風に吹かれて、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ