第十四回:新人同心
江戸は日本橋。
橋の袂に、一台の「夜鳴き蕎麦屋」に灯りが付いていた。
提灯に書かれている屋号は「清吉」。暖簾には「二八」と書いてあった。
「やってるかい」
今日はもう閉めようかと店主が思った時、八丁堀がやってきた。
一人ではなかった。
「旦那、お連れさんがいるなんて珍しい――」
見ると、若者――というにもまだ若い――同心姿がいた。
「――ここが、俺の言ってた蕎麦屋だよ」
若者は、深呼吸をすると、口を開いた。
「自分は、この度、南町奉行所にて――」
その新人同心は色々な意味で若かった。そして、緊張していた。声がうわずっていた。
元服したてなのか、その顔にはまだ幼さが残っていた。
店主の頬が少し緩んだ。
「そんな固っ苦しい挨拶はいらねぇよ。蕎麦を食ってってくんな」店主は答えた。
「ははは、すまねぇな」八丁堀は笑った。
「かけ、二丁頼むよ」
「はいよ。かけ二丁ね」
店主は蕎麦を二束、茹で始めた。
「……ここはな、同心達の店じゃあない。町人達の店だ。だから『同心でござい』なんてふんぞり返るなよ。ここの店主に塩撒かれちまうぞ」
「……随分と懐かしい話をしますね、旦那」
店主は笑った。
八丁堀は頭をポリポリと掻いた。
「あいよ、かけ二丁」
二人はかけ蕎麦を食べ始めた。
若者が出汁を啜る。次の瞬間、若者の緊張がほぐれた。一気に蕎麦を啜り始める。
それを見て微笑む八丁堀。
「……こいつは新人なんで、まだまだ一人で立ち寄ることはないだろうが、その時は、よろしく頼むぜ」
八丁堀の言葉に、店主は黙って頷いた。
「じゃ、また来るぜ。ご馳走さん」八丁堀のいつもの言葉。
「ごちそうさまでした」
店主は答えた。
「また、どうぞ、ご贔屓に」
夜風に吹かれて、屋台の風鈴がチリリンと鳴った。




