第十三回:深川飯
潮干狩り相手の蕎麦は好評だった。
蕎麦が切れたので、屋台を閉じ、帰り支度をする店主。
帰り道、未だ賑わう潮干狩り客を眺めながら、空腹を覚えて一軒の店に入った。
店には「深川飯」の文字があった。
「はいよ、お待たせ」
その声と共に、丼が店主の前に置かれた。
深川飯。
それは、茹でたアサリの身がぷっくりと太り、ネギの甘みが溶け込んだ味噌汁が冷や飯にぶっかけられていた漁師飯だった。
店主にとっては初めての「深川飯」だった。
店主は、箸で、それを一口運ぶ。
口の中にアサリの旨みが広がる。
店主は無言で二口目を運んだ。
「……いい塩梅だ」
店主は呟いた。
その言葉に、深川飯の店主がニヤリと笑う。
「日本橋の蕎麦屋の旦那にそう言われるのは、光栄だねぇ」
店主は、思わず顔を上げた。
そこには、見たことのある馴染みの客の顔があった。
深川飯の店主は、夜に日本橋で蕎麦を啜ったことがある常連客の一人だった。
「蕎麦は、秋口まで終いですかい?」
「いや」店主は答えた。
「ここ数日は、洲崎の潮干狩り客相手に蕎麦を出してるよ」
「そいつは結構な話だ」深川飯の店主は笑った。
「明日にでも食べに行きますよ」
「そいつはありがたいことだ」
店主は、気がついたら深川飯を完食していた。
「……ええと……お代は……」
「三十二文でさぁ」
「はいよ。三十二文ね」
「またどうぞご贔屓に」
そう見送られ、店主は深川飯屋を後にするのだった。




