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第十回:冬の終わり
春一番が吹いた、江戸は日本橋。
その夜、橋の袂で、夜鳴き蕎麦屋「清吉」の提灯に灯りが灯った。
まだまだ夜半は寒い時期である。しかし、もう、春がそこまで近づいているのを、江戸の住人は感じ取っていた。
八丁堀がやってきた。
「近頃は夜廻りも楽になった。もうすぐこの蕎麦も、暑苦しくなるな」
八丁堀は笑う。この季節のいつもの光景だった。
店主は答える。
「そうでさぁね。そろそろ、夜鳴きも仕舞いにしても、いい頃合いだ」
「……そういや、お前さん、夏場は何してるんだい?」八丁堀が店主に尋ねた。
「それを聞くのは、野暮ってもんじゃないですかね、八丁堀の旦那」
店主はさらりと答えた。
「……うむ。まぁ、それもそうか……」
「また、秋口には、ここに戻ってきやすよ、旦那」店主は笑って答えた。
今日、最後の客を送り出し、提灯を消す店主。
ふと見上げると、日本橋の袂の桜が、一輪だけ綻んでいた。
「また、寒くなったら、ここで会いましょうや」
と、桜に告げ、店主は屋台を引いていくのだった。
チリリン、と屋台の風鈴の音が、夜の日本橋に響いた。




