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夜鳴き蕎麦徒然草子  作者: いわん
第一部:文化四年、江戸日本橋。

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10/20

第十回:冬の終わり

春一番が吹いた、江戸は日本橋。

その夜、橋の袂で、夜鳴き蕎麦屋「清吉」の提灯に灯りが灯った。

まだまだ夜半は寒い時期である。しかし、もう、春がそこまで近づいているのを、江戸の住人は感じ取っていた。


八丁堀がやってきた。

「近頃は夜廻りも楽になった。もうすぐこの蕎麦も、暑苦しくなるな」

八丁堀は笑う。この季節のいつもの光景だった。

店主は答える。

「そうでさぁね。そろそろ、夜鳴きも仕舞いにしても、いい頃合いだ」

「……そういや、お前さん、夏場は何してるんだい?」八丁堀が店主に尋ねた。

「それを聞くのは、野暮ってもんじゃないですかね、八丁堀の旦那」

店主はさらりと答えた。

「……うむ。まぁ、それもそうか……」

「また、秋口には、ここに戻ってきやすよ、旦那」店主は笑って答えた。


今日、最後の客を送り出し、提灯を消す店主。

ふと見上げると、日本橋の袂の桜が、一輪だけ綻んでいた。

「また、寒くなったら、ここで会いましょうや」

と、桜に告げ、店主は屋台を引いていくのだった。


チリリン、と屋台の風鈴の音が、夜の日本橋に響いた。


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