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婚約破棄された翌日、王家の紋章が私の腕に現れました  作者: あめとおと


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第9話 祝福の夜






 王宮では盛大な祝宴の準備が進められていた。


 失われた王家の血筋が見つかった。


 それは王国全体にとっても大きな出来事だった。


 貴族たちはもちろん。


 騎士団や宮廷魔術師たちまで慌ただしく動いている。


「本当に大事になってしまいましたね……」


 エレノアは鏡の前で苦笑した。


 今日のために仕立てられたドレスは深い蒼色。


 銀糸で王家の紋章が刺繍されている。


 王宮専属の職人たちが総出で用意した一着だった。


「大事も何も、主役だよ」


 楽しそうに笑ったのはエドワードである。


「王都中が君を見たがっている」


「それは少し困ります」


「父上はもっと困らせる気満々だけどね」


 嫌な予感がした。


◇◇◇


 予感は当たった。


 祝宴会場へ入った瞬間だった。


「エレノア!」


 国王が満面の笑みで近寄ってくる。


「見てくれ!」


「何をでしょう?」


「クラリッサの肖像画だ!」


 指差した先には巨大な肖像画。


 美しい女性が描かれていた。


 長い銀髪。


 澄んだ青い瞳。


 どこか自分と似ている。


 いや。


 似ているのではない。


 同じだった。


「お母様……」


 思わず呟く。


 初めて見る実母の姿。


 胸の奥がじんわり熱くなった。


◇◇◇


「綺麗な方でしょう?」


 隣に立ったのは王太子リチャードだった。


「はい」


 自然と頷く。


「姉上は王都中の憧れだった」


 その表情は少し寂しそうだった。


「優しくて、誰にでも分け隔てなく接する方でした」


 エドワードも微笑む。


「よく城を抜け出して怒られていたけどね」


「エドワード」


「事実でしょう?」


 兄弟らしいやり取りだった。


 エレノアは少し笑う。


 知らないはずの母。


 それなのに不思議と近く感じた。


◇◇◇


 祝宴が始まる。


 国王の挨拶。


 王太子の宣言。


 そして。


 エレノアの正式なお披露目。


「紹介しよう」


 国王が高らかに告げる。


「余の孫、エレノア・アルディオンである」


 会場中が頭を下げた。


 圧倒される。


 少し前まで伯爵令嬢だった自分には慣れない光景だった。


 だが。


 不思議と恐怖はない。


 王家の人々が隣にいるからだ。


◇◇◇


 その後。


 貴族たちとの挨拶が続いた。


 大変だった。


 本当に大変だった。


 ようやく一息つけた頃には足が棒になっていた。


「お疲れですね」


 聞き慣れた声。


 振り向くとレオンハルトが立っていた。


 今日は騎士団の正装姿である。


 いつも以上に目立っていた。


「少しだけ」


 エレノアは苦笑する。


「社交より剣の訓練の方が楽かもしれません」


「それは重症ですね」


 珍しく冗談を返された。


 思わず笑ってしまう。


◇◇◇


「こちらへ」


 レオンハルトに案内され、バルコニーへ出る。


 夜風が心地よい。


 会場の喧騒も遠くなった。


「助かりました」


「何がですか」


「逃がしてくださったので」


 レオンハルトの口元が僅かに緩む。


「職務です」


「便利な言葉ですね」


 初めてだった。


 こんな風に自然に話せるのは。


 気付けば沈黙すら苦ではない。


◇◇◇


「エレノア様」


 不意にレオンハルトが呼ぶ。


「はい」


「一つお聞きしても?」


「どうぞ」


 彼は少しだけ迷ったようだった。


 だが。


「今は幸せですか」


 静かな問いだった。


 エレノアは驚く。


 そんなことを聞かれるとは思わなかった。


 夜空を見上げる。


 婚約破棄。


 養女だと知った日。


 王家との再会。


 祖父。


 叔父たち。


 養父母。


 そして今。


 全てを思い返す。


「はい」


 自然と答えが出た。


「とても」


 その瞬間。


 レオンハルトは心から安堵したように微笑んだ。


 ほんの一瞬だった。


 だが。


 エレノアは初めて見た。


 騎士団長としてではなく。


 一人の男性としての笑顔を。


 思わず胸が高鳴る。


 なぜなのかはわからない。


 けれど。


 目を逸らせなかった。


◇◇◇


 その頃。


 祝宴会場の片隅では。


 国王。


 王太子。


 エドワード。


 そしてロバート伯爵夫妻が並んでいた。


 全員が同じ方向を見ている。


「……」


「……」


「……」


「……」


 バルコニーで話す二人。


 エレノアとレオンハルト。


 それを見たエドワードがぽつりと呟いた。


「父上」


「うむ」


「気付いていますか」


「うむ」


 国王は真顔で頷く。


「非常に良い」


 ロバート伯爵も頷いた。


「非常に良いですね」


 マーガレットも頷いた。


「とても良いですわ」


 王太子だけが頭を抱えた。


「まだ何も始まっていませんよ……」


 だが。


 誰一人として聞いていなかった。


 そしてエレノアもレオンハルトも、自分たちが見守られていることには全く気付いていなかったのである――。






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