第7話 変わらない家族
王宮の正門で騒ぎがあった翌朝。
その話はすでにエレノアの耳にも届いていた。
「アーネスト様が……?」
朝食の席で思わず聞き返す。
教えてくれたのは第二王子エドワードだった。
「ああ」
呆れたように肩を竦める。
「昨夜、王宮へ押しかけてきた」
エレノアは言葉を失った。
「何をしに……」
「会わせてほしいそうだ」
予想通りの答えだった。
けれど。
胸は不思議なほど静かだった。
少し前の自分なら違っただろう。
嬉しいと思ったかもしれない。
期待したかもしれない。
だが今は違う。
婚約破棄の日の言葉を忘れてはいない。
あの冷たい視線も。
人前での侮辱も。
「そうですか」
それだけ答えた。
国王は満足そうに頷く。
「うむ、それでよい」
どうやら追い返したらしい。
◇◇◇
朝食が終わり、部屋へ戻ったエレノアは窓辺へ立った。
青空が広がっている。
王宮での生活にも少しずつ慣れてきた。
優しい祖父。
気遣ってくれる叔父たち。
温かく迎えてくれる従兄たち。
居心地は悪くない。
むしろ良い。
それでも。
「お父様……お母様……」
ぽつりと呟く。
会いたかった。
血の繋がりはなくても。
自分を育ててくれた二人は特別だ。
嬉しいことがあった時。
困った時。
真っ先に顔が浮かぶのは今も変わらない。
◇◇◇
その日の午後。
突然侍女が部屋へ飛び込んできた。
「エレノア様!」
「どうしたの?」
「応接室へお越しください!」
慌ただしい様子に驚きながら向かう。
そして。
扉を開いた瞬間。
「エレノア!」
聞き慣れた声が響いた。
「お母様!」
そこにいたのはマーガレットだった。
隣にはロバートもいる。
次の瞬間には駆け寄っていた。
気付けば抱き締められている。
「元気そうで良かった……!」
「お母様……!」
胸が熱くなる。
王宮へ来てから初めてだった。
張り詰めていた何かが一気にほどける。
「無理はしていないか?」
ロバートが優しく頭を撫でた。
「困ったことはないか?」
「大丈夫です」
声が少し震えた。
「皆さん、とても良くしてくださいます」
そう言うと二人は安心したように笑った。
◇◇◇
その様子を少し離れた場所から見ている人物がいた。
国王である。
エドワードもいる。
「……なるほど」
国王が小さく呟く。
「本当に愛されて育ったのだな」
その声には感謝が滲んでいた。
ロバートたちは二十年間。
王家の血を引く子供だと知らずに育てた。
それでも。
実の娘のように愛してくれた。
だからこそ。
今のエレノアがいる。
◇◇◇
しばらくして。
国王はロバート夫妻の前へ進み出た。
二人は慌てて頭を下げる。
だが。
「礼を言わせてほしい」
国王が深く頭を下げた。
その場の全員が息を呑む。
「陛下!?」
ロバートが青ざめる。
「おやめください!」
「いや」
国王は首を振った。
「余は祖父として礼を言いたい」
静かな声だった。
「エレノアを守り育ててくれたことを」
マーガレットの目に涙が浮かぶ。
「私たちは当然のことをしただけです」
「それが難しいのだ」
国王は優しく笑った。
「ありがとう」
その言葉にロバートも目を潤ませた。
◇◇◇
帰り際。
マーガレットがエレノアの手を握る。
「忘れないでね」
「え?」
「何があっても貴女は私たちの娘よ」
涙が溢れそうになる。
王族になったからではない。
血が繋がっていないからでもない。
そんなものは関係ないのだ。
「はい……!」
エレノアは何度も頷いた。
その光景を見ていたレオンハルトは、静かに目を細める。
王家へ戻った少女。
それでも失われなかった家族の絆。
そして彼は気付く。
自分が思っていた以上に、その笑顔を守りたいと思い始めていることに。
だがその頃。
王都では諦めきれない男が、ある決意を固めていた。
アーネスト・グレイソン。
彼は再びエレノアに会うため、次の手を打とうとしていたのである。




