第6話 初めての家族
王宮での生活が始まって数日。
エレノアはいまだに慣れない朝を迎えていた。
「おはようございます、エレノア様」
「おはようございます」
侍女たちが頭を下げる。
その度に居心地の悪さを感じてしまう。
つい先日まで伯爵令嬢だったのだ。
王家の姫君のように扱われても実感が湧かない。
しかも。
「本日の朝食には陛下もお越しになります」
侍女の一言で、エレノアは小さく肩を落とした。
ここ数日。
国王はほぼ毎日顔を出している。
それも執務の合間ではない。
どう考えても無理やり時間を作っている。
王太子が頭を抱えている姿を、エレノアはすでに二度見ていた。
◇◇◇
朝食会場へ入った瞬間だった。
「エレノア!」
国王が立ち上がる。
満面の笑みだった。
「昨夜はよく眠れたか?」
「はい、陛下」
「その呼び方はやめんか!」
即座に返ってきた。
「祖父と呼んでくれて構わぬ!」
まだ早い。
さすがに早い。
エレノアが困っていると、隣から深いため息が聞こえた。
「父上」
王太子リチャードだった。
「少し落ち着いてください」
「落ち着いておる!」
「落ち着いている人は朝から三度も厨房へ確認に行きません」
「当然だろう!」
国王は胸を張る。
「エレノアの食事だぞ!」
エレノアは思わず視線を逸らした。
恥ずかしい。
とても恥ずかしい。
◇◇◇
そんな様子を見ていた第二王子エドワードが笑う。
「気にしなくていいよ」
「ですが……」
「二十年分だと思えばいい」
「二十年分?」
「父上はクラリッサ姉上を本当に大切にしていたからね」
エドワードの表情が少しだけ柔らかくなる。
「見つからないとわかっていても探し続けていた」
国王が静かになる。
エレノアも言葉を失った。
きっと。
本当にずっと待っていたのだろう。
娘を。
そして娘の残した子を。
◇◇◇
朝食後。
王宮の庭園を案内されることになった。
広大な庭園。
色鮮やかな花々。
噴水の水音。
まるで絵本の世界のようだった。
「ここは綺麗でしょう?」
案内してくれているのは王太子の長男、クリストファーだった。
二十二歳。
エレノアにとっては従兄にあたる。
「はい」
「姉上もこの場所がお気に入りだったそうです」
その言葉に足が止まる。
「母も……?」
「ええ」
クリストファーは優しく微笑んだ。
「だから祖父上も貴女をここへ連れて来たかったのでしょう」
知らない母の話。
少しずつ集まっていく欠片。
それが不思議と嬉しかった。
◇◇◇
その帰り道。
突然、聞き覚えのある声がした。
「エレノア様」
振り返る。
そこにいたのはレオンハルトだった。
今日も騎士服姿である。
相変わらず隙のない立ち姿だった。
「騎士団長様」
「本日も警護を担当しております」
クリストファーが苦笑した。
「レオンは過保護だからな」
「職務です」
「そういうことにしておこう」
からかわれているらしい。
だがレオンハルトは顔色一つ変えなかった。
クリストファーが去ると、二人きりになる。
一瞬だけ気まずい沈黙が落ちた。
「王宮には慣れましたか」
「少しだけ」
エレノアは苦笑する。
「まだ緊張しておりますけれど」
「無理もありません」
レオンハルトは頷いた。
「数日で慣れる方がおかしい」
その言葉に思わず笑みが漏れる。
すると彼は少しだけ目を見開いた。
「どうかしましたか?」
「いえ」
レオンハルトは首を振った。
「ようやく笑うようになったと思いまして」
エレノアは固まった。
そんなことを言われるとは思わなかった。
「最初にお会いした時は、とても辛そうな顔をされていましたから」
婚約破棄の日。
王宮へ連れて来られた日。
確かにあの頃は余裕などなかった。
「そう……でしたか」
「はい」
短い返事。
だがその瞳は優しかった。
◇◇◇
その夜。
自室へ戻ったエレノアは窓辺に立っていた。
王宮の灯りが見える。
数日前までなら想像もできなかった景色だ。
婚約者に捨てられた。
未来を失ったと思った。
けれど。
今は違う。
祖父がいる。
叔父たちがいる。
従兄たちがいる。
そして。
気付けば自分を気遣ってくれる騎士団長もいた。
少しだけ胸が温かくなる。
そんな彼女を遠くから見守る影があることも知らずに。
その頃。
王宮の正門では、一人の青年が衛兵たちに止められていた。
「頼む!」
必死な声が夜に響く。
「エレノアに会わせてくれ!」
アーネスト・グレイソンだった。
彼はついに、自ら王宮へやって来ていたのである。




