第5話 捨てた相手
王都の朝は、いつになく騒がしかった。
貴族街のサロン。
高級茶店。
王宮へ出入りする馬車の中。
どこへ行っても同じ話題で持ち切りだった。
『二十年前に失踪した第一王女の娘が見つかった』
『しかもアシュフォード伯爵令嬢らしい』
『継承紋まで発現したそうだ』
『国王陛下が正式に認められたとか』
噂は瞬く間に王都中へ広がっていった。
もちろん。
グレイソン侯爵家にも届いていた。
◇◇◇
「……は?」
アーネストは手にしていた新聞を落とした。
紙面には大きく書かれている。
――王家、失われた血筋を確認。
――第一王女の実娘を保護。
――国王陛下、王宮への迎え入れを決定。
その記事の中央には見慣れた名前があった。
エレノア・アシュフォード。
何度も読み返す。
目を擦る。
だが文字は変わらない。
「嘘だろ……」
声が震えた。
「そんなはずがない……」
昨日まで婚約者だった。
地味で平凡で。
取り柄のない伯爵令嬢だと思っていた。
それが王女の娘?
王家の血筋?
あり得ない。
あり得るはずがない。
だが記事は複数ある。
王宮発表まで出ている。
つまり事実だった。
◇◇◇
「アーネスト様!」
慌ただしく部屋へ飛び込んできたのはセシリアだった。
顔色が真っ青である。
「ご覧になりましたか!?」
「ああ……」
「どういうことなのです!?」
それを聞きたいのはこちらだ。
アーネストは額を押さえた。
頭痛がする。
昨日の夜会が思い出される。
大勢の前で婚約破棄した。
地味で魅力がないと言った。
未来を共にしたくないと言った。
王都中の貴族が見ていた。
そして今。
その相手が国王の孫だと判明した。
「まさか……」
セシリアも青ざめていた。
「わたくしたち……とんでもないことを……」
アーネストは返事ができなかった。
◇◇◇
その頃。
グレイソン侯爵家の執務室では、侯爵が盛大に怒鳴っていた。
「愚か者が!」
机が叩かれる。
アーネストは思わず肩を震わせた。
「父上……」
「父上ではない!」
侯爵は激怒していた。
それも当然である。
「お前は何をしたかわかっているのか!」
「ですが、あの時は……」
「黙れ!」
雷のような怒声だった。
「王家の血筋を婚約破棄したのだぞ!」
アーネストは言葉を失う。
昨日までなら考えもしなかった言葉。
だが今は違う。
エレノアはただの伯爵令嬢ではない。
王族だった。
「しかも大勢の前で侮辱した!」
侯爵は額を押さえる。
まるで頭痛を堪えるように。
「最悪だ……」
その一言が重かった。
「父上……」
「王家がどう動くかわからん」
侯爵の顔は青ざめていた。
「陛下が不問にしてくださればよいが……」
そうでなければ。
グレイソン侯爵家そのものが危うい。
◇◇◇
話が終わった後。
アーネストは一人で庭園を歩いていた。
頭の中は混乱している。
なぜこんなことになった。
どうして自分は知らなかった。
もし知っていたなら。
もし知っていたなら――。
そこで思考が止まる。
違う。
それは違う。
王家の血筋だったから後悔しているのか。
それとも。
エレノアを失ったことを後悔しているのか。
答えは出ない。
だが一つだけ確かなことがあった。
もう一度会いたい。
話がしたい。
謝りたい。
そして。
できることなら。
やり直したい。
◇◇◇
一方その頃。
王宮では。
「これは何ですか?」
エレノアが呆然と立ち尽くしていた。
目の前には大量の箱。
宝石。
ドレス。
靴。
装飾品。
数え切れないほど積み上げられている。
「陛下からです」
侍女が笑顔で答えた。
「全部ですか?」
「全部です」
「なぜ?」
「孫が見つかったからだそうです」
エレノアは絶句した。
そこへ第二王子エドワードがやって来る。
「ああ、気にしなくていい」
「気にします」
「兄上も止めたんだがな」
エドワードは苦笑した。
「父上が聞かなくて」
つまり国王の暴走だった。
「まだ増えるぞ」
「増えるのですか?」
「増える」
断言された。
エレノアは思わず頭を抱えたくなる。
だが。
そんな様子を離れた場所から見ている人物がいた。
レオンハルトである。
彼は困ったように笑うエレノアを見つめながら、ふと安堵したように目を細めた。
昨日より表情が柔らかい。
少しだけ。
本当に少しだけだが。
彼女が笑うようになっていたから。
そしてその変化に気付いているのは、どうやら彼だけではなかった。




