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婚約破棄された翌日、王家の紋章が私の腕に現れました  作者: あめとおと


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第3話 失われた王女




 王家直属騎士団長。


 その肩書きがどれほど重いものなのか、貴族であるエレノアはよく知っていた。


 王国最強の騎士。


 国王陛下の剣。


 王家の盾。


 その人物が自ら伯爵家を訪れるなど、本来あり得ない。


 ましてや迎えに来る相手が一介の伯爵令嬢であるならなおさらだった。


「王宮へ……私が、ですか?」


 ようやく絞り出した声に、レオンハルトは静かに頷く。


「はい」


 短い返答。


 だが有無を言わせぬ迫力がある。


「理由をお聞きしても?」


「王宮で説明いたします」


 それ以上は話せないということだろう。


 ロバート伯爵が一歩前へ出た。


「騎士団長殿」


「何でしょう」


「娘も混乱しております。少しだけ事情を教えていただけませんか」


 レオンハルトは一瞬だけ沈黙した。


 そして。


「その紋章です」


 視線がエレノアの左腕へ向く。


 黄金の王冠を模した紋章。


 それは今も淡く光り続けていた。


「王宮では昨夜、その反応を確認しました」


「昨夜……?」


「王家の血筋が一定条件を満たした時に現れる特殊な紋章です」


 エレノアは固まった。


 王家の血筋。


 聞き間違いではない。


 王家と言ったのだ。


「待ってください」


 思わず声が大きくなる。


「それでは私が王家の人間だとおっしゃるのですか?」


「その可能性があります」


 否定されない。


 可能性がある。


 ただそれだけで頭が真っ白になった。


◇◇◇


 一時間後。


 エレノアは両親と共に王宮へ向かう馬車の中にいた。


 向かいにはレオンハルト。


 重苦しい沈黙が続く。


 窓の外には見慣れた王都の街並みが流れている。


 それなのに、まるで別の世界へ向かっているような気がした。


 昨日までは婚約者に捨てられた伯爵令嬢だった。


 それが今日は王家に呼び出されている。


 あまりにも現実味がない。


「緊張していますか」


 不意にレオンハルトが口を開いた。


「……はい」


 エレノアは膝の上で手を握りしめる。


「昨日までは婚約破棄されたことで頭がいっぱいでしたのに、今日は王宮へ向かっているなんて……夢を見ているようです」


「そうでしょうね」


 彼は静かに頷いた。


「昨夜の件は王都でも話題になっています」


 エレノアは少し俯いた。


 やはり広まっているのだ。


 当然といえば当然だった。


 あれだけ大勢の前で婚約破棄されたのだから。


「失礼ながら」


 レオンハルトが続ける。


「私には婚約者殿の判断が理解できません」


 思わず顔を上げた。


 蒼い瞳が真っ直ぐこちらを見ている。


「え……?」


「それ以上は申しませんが」


 そこで彼は話を打ち切った。


 けれど、その一言だけで少しだけ胸が軽くなった。


「安心してください」


 レオンハルトは静かに言う。


「少なくとも王宮にいる者たちは貴女を害しません」


 その言葉は不思議と安心できた。


 根拠などない。


 けれど嘘を言う人には見えなかった。


◇◇◇


 やがて馬車は王宮へ到着した。


 案内された先は王宮奥部の会議室だった。


 扉が開いた瞬間、エレノアは息を呑む。


 そこには国王陛下、王太子、第二王子が揃っていた。


 王国の中枢そのものだった。


「面を上げよ」


 国王の声に従い顔を上げる。


 すると国王は食い入るようにエレノアを見つめていた。


 その眼差しには驚きと懐かしさが混じっている。


「……似ている」


 小さな呟き。


 王太子が心配そうに国王を見る。


 だが国王は首を振り、静かに語り始めた。


「二十年前、この国にはクラリッサという王女がおった」


 失われた第一王女。


 国王の長女。


 だがある日突然消息を絶った。


 騎士団も。


 諜報部も。


 王家も。


 二十年間見つけられなかった。


「そして最近になり、ある事実が判明した」


 国王の視線がエレノアへ向く。


「クラリッサには娘がいた可能性がある」


 心臓が跳ねる。


「昨夜発現した継承紋は、その娘が生きていることを示しているかもしれぬ」


 会議室は静まり返っていた。


「だから確認したい」


 国王は言う。


「そなたが何者なのかを」


◇◇◇


 その後すぐに鑑定の準備が始まった。


 王宮魔術師たちが集められ、巨大な魔法陣が展開される。


 エレノアは中央へ立った。


 緊張で足が震える。


 もし王家の血を引いていたら。


 もし違ったら。


 どちらに転んでも人生は変わる。


「始めます」


 魔術師長の声が響く。


 魔法陣が輝いた。


 青白い光が床を走る。


 水晶が共鳴するように震え始める。


 そして。


 次の瞬間だった。


 エレノアの左腕の紋章が黄金に輝いた。


 眩い光が部屋中へ広がる。


 魔術師たちが一斉に息を呑む。


「なっ……!」


「馬鹿な……!」


「これほどの反応だと……!?」


 ざわめきが広がる。


 魔術師長の顔から血の気が引いていた。


「陛下……!」


「どうした」


 国王が立ち上がる。


 魔術師長は震える声で答えた。


「間違いありません」


「何がだ」


「王族反応です」


 会議室が凍り付いた。


 王太子も。


 第二王子も。


 言葉を失っている。


 それほどまでに異常な結果だった。


 だが。


 鑑定はまだ終わっていない。


 魔法陣はなおも輝きを増していた。


「続けろ」


 国王が命じる。


「ですが陛下、この規模の反応は記録にも――」


「続けよ」


 強い声だった。


 魔術師たちは再び術式を展開する。


 黄金の光はさらに強くなる。


 そしてエレノアは、自分の運命が大きく動こうとしていることだけを感じながら、その光の中心で立ち尽くしていた。


 翌日。


 王国中を揺るがす鑑定結果が下されることになるとも知らずに――。






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