後日談② 気が早い祖父
エレノアとレオンハルトが結婚して半年。
王宮では、ある人物が毎日のように浮かれていた。
国王アルフレッドである。
「まだか」
執務室で突然呟く。
側近たちは聞かなかったことにした。
「まだなのか」
再び呟く。
やはり聞かなかったことにする。
「そろそろではないか?」
ついに側近の一人が観念した。
「何がでございますか」
「ひ孫だ」
即答だった。
◇◇◇
一方その頃。
エレノアは王宮の応接室で紅茶を飲んでいた。
向かいには王妃アデライード。
王太子リチャード。
第二王子エドワードがいる。
「また始まったのですね」
エドワードが遠い目をした。
「今朝だけで五回目です」
王妃がため息を吐く。
「朝食の席でも言っていましたからね」
リチャードも苦笑した。
「父上は完全に暴走している」
◇◇◇
「お祖父様は昔からあのような方なのですか?」
エレノアが尋ねる。
すると王妃が微笑んだ。
「いいえ」
「違うのですか?」
「昔はもっと威厳のある方でした」
王妃は紅茶を口にする。
「クラリッサ様がお生まれになった頃から少し怪しくなり、貴女が見つかってから完全に壊れました」
言い切った。
リチャードとエドワードも深く頷く。
◇◇◇
その日の午後。
エレノアは国王に呼び出された。
嫌な予感しかしない。
「失礼いたします」
「来たか!」
机の上には大量の冊子が積まれていた。
「これは?」
「子供服の見本だ」
予感が当たった。
「どれが良いと思う?」
「どなたにでしょう?」
「未来のひ孫に」
まだ存在していない。
◇◇◇
「お祖父様」
「うむ」
「気が早すぎます」
「そんなことはない」
ある。
ものすごくある。
「こちらの刺繍も捨てがたい」
「お祖父様」
「この揺り籠も――」
「お祖父様」
国王はようやく顔を上げた。
エレノアはにっこり笑う。
「王妃様にご報告いたします」
国王の動きが止まった。
◇◇◇
一時間後。
「陛下」
執務室へ現れた王妃は穏やかに微笑んでいた。
だが。
誰もが知っている。
この微笑みは危険だと。
「何でしょうか」
国王が目を逸らす。
「ひ孫用品を集めているそうですね」
「少しだけだ」
「七十八点も?」
「……」
国王は黙った。
その後しっかり説教された。
王太子も。
エドワードも。
レオンハルトも同情していない。
◇◇◇
夕方。
しょんぼりしている国王を見つけたエレノアは、小さく笑った。
「お祖父様」
「何だ?」
「そんな顔をなさらないでください」
国王は肩を落としたままだ。
「もしその日が来たら」
エレノアは優しく言う。
「最初に抱いていただくのは、お祖父様です」
国王の目が見開かれる。
「本当か?」
「はい」
「本当に?」
「本当です」
次の瞬間。
国王は立ち上がった。
「よし!」
復活した。
王妃が呆れたように額を押さえる。
「単純ですこと」
◇◇◇
その夜。
エレノアはレオンハルトと庭園を歩いていた。
「王妃様には助けられました」
「あの方は昔からそういう方です」
王家を支え続けてきた女性。
クラリッサがいなくなった後も。
王家が苦しい時も。
ずっと家族を守ってきた。
「私にとっても大切な方です」
エレノアがそう言うと。
レオンハルトは穏やかに頷いた。
「王妃様も同じ気持ちでしょう」
実母はいない。
けれど。
今のエレノアには祖父がいる。
叔父たちがいる。
優しく見守ってくれる王妃がいる。
そして何より。
二十年間、惜しみない愛情を注いで育ててくれた養父ロバートと養母マーガレットがいる。
血の繋がりだけが家族ではない。
悲しい日には寄り添い。
嬉しい日には共に笑い。
どんな時も味方でいてくれた人たち。
王家へ迎えられた今も、その絆は何一つ変わっていなかった。
失ったものは戻らない。
母クラリッサと過ごす未来はもうない。
それでも。
新しく得た家族と。
ずっと変わらず愛してくれる家族と。
愛する夫に囲まれながら。
エレノアは確かに幸せだった。
【後日談② 完】




